第1章 旅立ち ⑥

「ただいま」


「お邪魔します」


 兵士たちに見送られ城を出た二人は、ジェイクの母が待つ家に寄っていた。


「ジェイク……それにシャルロット様、その格好は――」


「私も着いて行くことにしました♪」


「ピクニックに行くんじゃねえんだぞ……」


 どこか楽しげに言うシャルロットにジェイクが憎々しげに言う。


「そんな、シャルロット様まで――」


「――おばさま、いいの。本当は私かお父様が行くべきなんです。お父様や私はいにしえの勇者ジェイク・アストラ様の直系の子孫……いくらジェイクがいにしえの勇者の生まれ変わりでも、王家の私たちが国民を守る為にやらなければいけないことなんです」


 シャルロットの言葉は建前ではなく本心だ。ジェイク絡みでぽんこつになるという欠点がなければ、王女シャルロット・アストラは完全無欠のお姫様なのだ!


「ああ、シャルロット様――」


 ジェイクの母はその場で跪き、シャルロットに頭を垂れる。


「どうか、どうか息子をよろしくお願いします」


「顔を上げて、おばさま――ジェイクのことは、私が面倒を見るから。きっと二人で帰ってきます」


「や、どう考えても俺がお前の面倒を見ることになると思うけど」


「ジェイク!」


 母の叱責に、ジェイクは背負っていた木箱を下ろして肩を竦める。


「? それはなに?」


「王様に貰った。母さん一人じゃ畑にあんま手が回せないだろ? これだけあれば暮らしていけるはずだ」


 ジェイクが木箱を空けて見せる。中の金貨を見て、母は驚いてジェイクとシャルロット、二人の顔を見比べる。


「これ――」


「まあ路銀にいくらかもらってくけど。ああ、その辺に出しといたらさすがにアレだからどっか隠しとけよ」


「こんなに――いくらなんでも受け取れないわよ」


「勇者を育てた対価だろ。安いくらいだ」


 言いながらジェイクは木箱から金貨をいくらか取り出し、小袋に詰める。


「――さて。じゃあ行くよ、母さん」


「……うん。ちゃんとシャルロット様をお守りするのよ?」


「ああ、怪我でもされちゃおぶってかなきゃならなくなるからな」


 そう言って踵を返し、扉に手をかけるジェイク。


「え、あれ、なんていうかもっと親子の別れとかそういう感じのはないの? 私泣きじゃくるあんたを慰める心の準備をしてたんだけど」


「なんで俺が泣くんだよ……お前に比べればだいぶ湿っぽい旅立ちだと思うぜ」


 拍子抜けした様なシャルロットに半眼でジェイクが言う。


「いいんです、シャルロット様。シャルロット様が一緒なら安心して送り出せます」


 ジェイクの母の慈愛に満ちた笑顔がシャルロットの胸に響く!


「うう……おばさま、行ってきますぅ……」


「お前が泣くのかよ……」


「おばさまのお料理をまた食べさせてもらえるように、必ず魔将軍を倒してきます……」


「はい、シャルロット様。くれぐれもお気をつけて」


 めそめそと言うシャルロットにジェイクの母がそう言葉をかけ――


「――じゃあ、行ってきます」


「行ってらっしゃい」


 そうしてジェイクとシャルロットは魔将軍討伐の旅の一歩目を踏み出した!




「王都を出る前に買い物をするぞ」


 ジェイクの家を出てしばらく――シャルロットが泣き止んだころ、ジェイクがそう言った。


「うん。でも何を買うの? 薬草? 私宝物庫から回復アイテムいっぱい持ってきたよ? エルフの傷薬でしょ、魔女の香水でしょ、こっちはね、世界樹の滴!」


 言いながらシャルロットが次々と液体の入ったボトルを嬉しそうにジェイクに見せる。エルフの傷薬は薬草の何倍も効果がある秘薬、魔女の香水は魔法力を回復することができる香水、世界樹の滴は瀕死の大怪我もたちどころに癒やしてしまう秘薬中の秘薬――言うまでもなくどれもおいそれとは手には入らない希少な回復アイテムだ!


「なんてもん持ってきやがる……城から追っ手とかこないだろうな?」


「王家の秘宝で、私、王女。っていうか宝物庫の鍵も持ってきたからバレないわよ。物資に困ったらこっそり戻ってきて宝物庫から持ち出しましょ?」


「お前な……いや、薬草買う分浮いて助かるけど。でも道具屋には行く」


「他にも何か買うの?」


「ああ、キャンプ道具をな。俺は野宿でも良いけど、お前は地べたにそのまま寝るのはいやだろ? せめて寝袋は買わないとな」


「ジェイク……そんなに私のことを考えてくれてるなんて」


「風邪でも引かれたら苦労するのは俺だからな」


「……その優しさが嬉しいわ」


 涙を流しながら皮肉を言うシャルロットに、ジェイクは思い出したように言う。


「あと弓矢も欲しいな」


「弓? なんか勇者っぽくないね」


「……お前が道中肉は食わないっつーなら別にいらない装備だけど」


「そういえばジェイク、狩りが上手かったよね」


「王都の外の野生の動物ならタダだからな」


「自前の弓は持ってこなかったの?」


「しばらく前に壊れたんだよ……買い直そうと思ってたんだ」


「どうせならいいの買おう? 私お肉大好き!」


「はいはい……」


 そんな話をしながら二人は王都の商店街を歩く。もう勇者ジェイクの噂が広まっているらしく、そんな二人を町民たちが遠巻きに眺める。


 ――そこに、二人の行く手を阻む少年が現れた!


「よう、ジェイク――それにシャルロット様。本日もご機嫌麗しく」


「……こんにちは、ビリー」


 躊躇いながらも挨拶を返したのはシャルロットだった。ビリーはシャルロットに深々と頭を下げた。ジェイクは戸惑っている!


 ビリーは顔を上げると、ジェイクをあざ笑うかのように、


「ジェイク、聞いたぜ――王女様と旅に出るんだってな? へっ、お前がいにしえの勇者の生まれ変わりだって? ルチア様もとうとうこの世界に匙を投げたのかな?」


 このビリーの言葉から察しがつくだろう――ジェイクはこのビリーが苦手だった!


 王都一番の武器屋の息子、ビリー……ジェイクやシャルロットと同年代の彼は、ジェイクの幼馴染みという言い方もできる。しかし彼はシャルロットと仲のいいジェイクを妬み、折りに触れジェイクをいびる悪癖があるのだ!


 そのビリーが猫なで声でジェイクに告げる。


「なあ、ジェイク……俺も連れてけよ。役に立つぞ。少なくとも鍬ばっか振ってるお前より、親父の手伝いで武器を扱ってる俺の方が何倍も強いと思うぜ?」


 ビリーの高圧的な態度! 先ほどはシャルロットに屈したジェイクだが、しかしビリーに遠慮する理由がない!


「嫌だ」


「即答!?」


「……むしろなんで連れてってもらえると思ったんだ?」


「な――ジェイクのくせに生意気だぞ! シャルロット様、シャルロット様からこいつに何か言ってやってください!」


 シャルロットに話を振るビリー。シャルロットは深い溜息をついた。


「ビリー」


「は、はい、シャルロット様!」


「今まで王女としてあなたに接してきたけど、今は魔法使いだからはっきり言うわよ。私、あなたのこと、嫌い」


「なっ――」


「当然でしょ? ジェイクは私の弟みたいなものよ? そのジェイクを虐めてるの、私知ってるんだからね」


「――てめえジェイク、シャルロット様に告げ口してたのか!」


「してねえよ……お前、ガキの頃俺が畑仕事してるところにわざわざ仲間連れてからかいに来てただろ? ロッテは時々差し入れ持ってきてたんだ、お前にからかわれる俺を見てたんだよ」


「くっ――ジェイク、俺と勝負しろ!」


 唐突なビリーの挑戦! ジェイクとシャルロットは目を丸くした!


「……はあ?」


「お前がシャルロット様と二人旅なんて生意気なんだよ……勇者の生まれかわりだなんてどうせ裏があるんだろう? 鍬を振ることしかできない農民のくせに……シャルロット様を誑かしているに決まってる! この俺が化けの皮を剥いでやるぜ!」


 そう言うとビリーは腰に下げていた銅の剣を抜いた! 周囲の町民たちが悲鳴を上げる!


「くらえ――」


 ビリーの不意打ち! 有無を言わさずジェイクを斬りつける!


 ――しかしジェイクはそれを素手で容易く受け止めた!


「なに――?」


「……銅の剣じゃ切れ味なんてもんはない。金属の棒だ――悪いけどさビリー、お前と俺じゃ鍛え方が違うよ」


 掴んだ銅の剣を放し、そう告げるジェイク。しかしジェイクの言葉はビリーの怒りを煽るだけだった!


「まぐれで格好つけてんじゃねえよ!」


 ビリーが再びジェイクに躍りかかろうとする! それに先んじてシャルロットが杖を構えて叫んだ!


「やめなさい! 続けるのなら勇者のお供であるこのアストラ王女、シャルロット・アストラが相手をします!」


 声高に叫ぶシャルロット! 民衆の注目が集まる!


「そんな、シャルロット様――」


「勇者ジェイクに剣を向ける者は、アストラ王家の名にかけて許しません!」


「くそ――」


 ビリーは脱兎の如く逃げ出した! シャルロットの演説めいた口上に民衆たちが喝采と拍手を送る!


「……魔法使いじゃなかったのかよ。王家の名前まで出して……あれじゃさすがにビリーが可哀想だ」


「使えるものはなんでも使うわ。一度言ってやりたかったのよ。ジェイクを虐めるくせに、私にはおべっかつかって――ずっと嫌いだった」


 ぷんすかとシャルロットが言い――そして笑顔でジェイクに尋ねる。


「私、頼りになるお姉ちゃんでしょ?」


「……いや、そこは肯定できないが」


 しかしジェイクの言葉などシャルロットはどこ吹く風だ。


「これからは私が守ってあげるからね!」


「……まあ、無理はすんなよ」


「うん!」


 笑顔で頷くシャルロット。


 ――こうして二人の旅は始まった。

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