第1章 旅立ち ⑤

「……見違えたぞ、勇者ジェイクよ」


 城の使いに連れられて再び王城・謁見の間を訪れたジェイクに、アストラ王はそう声をかけた。旅に耐えうる丈夫な服に身を包み、腰には剣を吊るし、そして軽鎧を纏った姿は先の農民の少年のそれではなく、戦いに赴く戦士のものだった。


「それはルーカスのものか?」


「そう聞いています」


 答えるジェイクにも決意の色が見えた。決して望んで行くわけではない。しかし守るべきもののために立ち向かう――そんな決意だ。


「ルーカスも天国から今のそなたの勇姿を見て立派になったと喜んでいるだろう」


「だといいのですが」


「その格好――決意は固まったと受け取っていいか」


「はっ――望むものを用意していただけたのであれば、すぐに」


 ジェイクの答えにアストラ王は頷き、軽く手を挙げた。その合図で兵士が二人がかりで背負い紐が着いた木箱をジェイクの前に運ぶ。


「――開けてみよ」


 王様の言葉に従い、ジェイクは木箱を空けた! なんと中には金貨が詰まっていた。


「すまんが急ぎ用意したのでな――いくらか過不足があるやもしれぬが、おおよそ五十万はあるはずだ」


「――感謝します、王様――これで心置きなく旅立てます」


「……うむ。――盾を!」


 その号に、別の兵が王家の秘宝――《運命に抗う盾リジステレ》を運んできた。それを恭しくジェイクに差し出す。


 視線で尋ねると、王はそれを受け取るように促した。ジェイクはそれを受け取り――裏側のベルトに腕を通し、持ち手を握る。


 ジェイクは《運命に抗う盾リジステレ》を装備した! 鼓笛隊が高らかにファンファーレを奏でる!


「勇者ジェイクよ――アストラ大陸北部を目指すのだ! 魔将軍を討ち取り、彼奴らが占領するルチア聖殿に祀られている《運命を切り拓く剣イアクリス》を手に入れよ!」


「はっ」


「では今こそ旅立つのだ、勇し――」


「待ってください、お父様!」


 その時、謁見の間にシャルロットの声が響いた! 王様の決め台詞が遮られる!


「な――シャルロット! どこに――」


 声はするが姿は見えない。王が、王妃が――いや、謁見の間にいた大臣、兵士、鼓笛隊――全ての人が辺りを見回す。するとシャルロットは普通に入り口から謁見の間に入ってきた!


 そのままシャルロットは歩みを進め――そしてジェイクに並び立つ。


 そしてその姿に一同が驚いた! シャルロットはいつものドレスではなく、手には杖を持ち、真新しい魔道服をその身に纏っていた!


「……何のつもりだ、シャルロット。これは遊びではない、国の――いや、世界の危機を救うために旅立つ勇者ジェイクの晴れ舞台だぞ。我が娘とて邪魔することは許されぬ。それにその格好はなんだ」


「お父様――いえ、アストラ王。賢君と言われるアストラ王ならわかっておいででしょう――魔将軍討伐の旅に勇者一人を送り出すのが如何に無謀かが! 私は魔法が使えます。勇者とともに旅立ち、魔法の力で彼を支えようと思います」


「バカなことを――そなたはアストラ王家のたった一人の跡取りだ! そなたに万が一のことがあればアストラ王国はどうなる!」


「勇者が――ジェイクが魔将軍に敵わなければ、アストラは私の代を迎えることなく滅びるでしょう。いにしえの勇者ジェイク・アストラも一人ではありませんでした。頼りになる仲間とともに魔王を滅したのです。私がその一人として、勇者とともに魔将軍を討って参ります!」


 シャルロットの熱弁! 兵士たちは感動している!


「ええい――知っておるぞ、そなたが使える魔法は初級の攻撃魔法であろう――そんなものが魔将軍に通用するものか!」


「それは勇者も同じです、アストラ王――ジェイクは勇者であれど、昨日まで農民。私たちは共に歩み、これから力をつけるのです!」


「だとすればそれはそなたでなくてもいいだろう! 王国の魔法団から志願者を募って――」


「民の先頭に立たずしてなにが王家か!」


 シャルロットの凜とした声が響き渡る! 会心の一撃!


「王女だから行くなと言うのであればアストラの名は地に落ちましょう! 王家というのなら、この未曾有の危機を前に勇者を支え、民を守ることに尽力することこそが使命! その為の国、その為の王家ではないのですか!?」


 アストラ王は返す言葉がない! 兵士たちは感動に打ち震えている!


 しんと静まりかえった謁見の間で、シャルロットは隣に立つジェイクに語りかけた。


「ジェイク――私はあんたを一人で行かせたりしない。一緒に行ってあげる……二人でなら、きっと――」


「勘弁してください」


「!? 即答で敬語!? 本気の拒否だ!!」


「いや、お前体力ゼロじゃん。わかってる? 餌場や水場があるとは限らない。だから馬では行けない――歩きで行くんだ。お前三十分も動けばヘロヘロだろ? 一緒に行ったとして、王都から出た途端『おんぶしてー』とか言うに決まってる」


 ジェイクの口撃! まさか守りたいはずのシャルロットを連れていけるわけがない!


「い、言わないもん!」


「それにこの辺は魔王軍の手勢がいないとは言え、王都を囲う外壁から出ればはぐれの魔物だってでるんだぞ?」


「だから、そういうのと戦うために一緒に行こうって――」


「おんぶされながらか? パーフェクト足手まといじゃねえか」


「――おんぶされてたって魔法は使えるでしょ!」


 シャルロットは開き直った!


「いや、よしんばそうだとしてお前が極大魔法とか使えるなら有りかもだよ? でも初級魔法だろ? 自分で戦った方が百倍楽そうなんだけど」


「うるさい! そんなら極大魔法だってそのうち覚えてあげるわよ! 四の五の言わずに連れてきなさい!」


「勘弁してください」


 シャルロットの手がジェイクの顔に伸びる! ジェイクの母直伝のアイアンクローだ!


「なんだ、母さんの真似か? 体力ゼロマンのお前の力技なんて別に痛くもかゆくも――」


 余裕のジェイクはシャルロットの手をひき剥がそうとする! しかしシャルロットはそれより早くジェイクの耳もとに顔を寄せた!


「――シャルロットちゃん、ごめんね? この傷が消えなかったら、僕が一生をかけてでも償うから……だっけ? 小さい頃のあんたは純真で可愛かったわね?」


「!?」


「今こそ償って貰う時かしら?」


 仙資玉質、国一番の美貌を誇るシャルロットだが――実は普段ドレスに隠れて見えない肩口に小さな傷がある!


 それは昔、幼いシャルロットが同じく幼いジェイクにしつこく『勇者と魔王ごっこ』をせがみ――シャルロットのひ弱さを見誤ったジェイクがうっかりつけてしまった傷なのだ!


 実のところ、シャルロットはこの傷のことを毛の先ほども気にしていない。むしろ幼い自分と可愛いジェイクの微笑ましい思い出――鏡でこの傷を見る度に幼い自分とジェイクを思い出し、胸が温かくなる……そんなものだった。


 だがしかし! ジェイクにとっては嫁入り前の少女――しかも一国の王女の肌を傷つけてしまったというトラウマ級の思い出なのだ!


「この傷――場所が場所だけにお父様とお母様も知らないのよね。知ってるのは私とあんた、そして回復魔法で癒してくれた私のお付きの女中だけ。女中には固く口止めしてるから決して口は割らないわ。ここまではいい?」


 シャルロットの鋭い声音! ジェイクは首を縦に振ることしかできない! 額から滝のように汗が流れる!


「私、連れてってもらえなかったらジェイクとの思い出を懐かしんでお父様とお母様に話してしまうかも」


「……いや、俺もうこれでアストラを出るから別にもう関係ないっていうか」


「王女を傷つけるのってどんな罪になるのかしら。国家反逆罪? だとしたら重罪よね、おばさまに渡すお金、取り上げられちゃうかも」


「!?」


 シャルロットの強迫!


「っていうか男らしくないわよ。責任とって連れてってよ。いいわね?」


「いや……」


「いいわね!?」


「はい……」


 NOと言える勇者もここだけはそう言えなかった! シャルロットは満足げに頷いてジェイクを解放する!


 そしてアストラ王に向き直り、高らかに言った!


「――勇者ジェイクも私がいれば百人力だと申しております!」


「とてもそうは見えないが……」


「お父様! 認めてくれないと嫌いになるわよ!」


「!?」


 シャルロットの殺し文句! 効果は絶大だ!


「~~ええいっ、勇者ジェイク、魔法使いシャルロットよ! 魔将軍討伐の為、今こそこのアストラより旅立つのだ!」


 王様の苦虫を噛み潰したような表情での宣誓! 響くファンファーレ!


『勇者ジェイク万歳! シャルロット様万歳!』


 兵士たちは声を揃えて二人を称える!


「……ロッテ。俺、今日のこと絶対忘れねえから」


 主に恨み的な意味で。胸中でそうつけ加えるジェイク。


「あんたを一人で危険な旅になんて行かせないから安心してね?」


「代わりにぽんこつというお荷物を連れて歩かなきゃならなくなったわけだが」


「ああ、肩が痛い。古傷が疼くわ……」


「お前最悪な」


「いいから行きましょ、ぐずぐずしてたらお父様の気が変わっちゃうかも」


「……できたら変わって欲しいところだが」


 言いながらもジェイクは、急かすシャルロットに促されて金貨の詰まった木箱を背負おうとする。


 しかし装備していた《運命に抗う盾リジステレ》が背負い紐に引っかかった! 木箱がひっくり返り中身が零れる!


「ああっ! しまった!」


「かっこわる……」


 動揺するジェイク! シャルロットは冷めた目でそれを見つめていた!



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