年越しとしあわせ

えだまめ

第1話

我が家では、昔から年越し蕎麦では無く、年越しうどんだった。年越しうどんは、父が毎年、だし汁からうどんを作る。そこに、母が揚げてくれるサクサクの海老の天ぷらを乗っけて食べるのがとても美味しかったのを覚えている。


そんな私はこの冬、結婚をした。

初めての年末年始を向かえるので、夫か私のどちらかの実家で年を越そうと思っていたが、未知のウイルスが蔓延していたため断念した。


初めて夫婦で迎える年末年始。

当然ながら夫は、『年越し蕎麦』を食べる文化だったが、私は家で蕎麦を食べたことがない。

そもそも私は料理が得意ではなく、父の様に美味しい出汁を作ることはできなかった。

共働きで、結婚してから今まで基本的にはお惣菜で済ませていたのが、仇となったなと思った。

夕飯は簡単な料理で済ませたが、年越しのことは考えていなかったなと困っていると、「買いに行く?」と何かを察した夫に言われたので、私は夫と手を繋ぎ近くのスーパーへと出かけた。


「緑のたぬきあるじゃん」

これにしよう!と目を輝かせながら、夫は緑のたぬきを手に取る。

「作らなくていいの?」

「いいよ、毎年これ食べてるし」

その発言に私は驚いた。

我が家では、父が毎年気合を入れて年越しうどんを作っていたので、カップ麺を買うという発想が無かった。

続けて夫は言った。

「かーさんさ、11年前にばーちゃんが亡くなってから、『年末年始はもう何もしない!』って言ってさ、それ以来オヤジが毎年家族分、これ買ってくるから食ってたわ!」

そう言って、緑のたぬきを2つとお惣菜コーナーの海老天を買い物カゴに入れた。

「何の天ぷら食う?」

「えっ」

「毎年、個々で好きな天ぷら買って乗っけてたから何がいいかなーって」

あーそうか。そういう方法もあるんだなと納得した。頑張って作らなくてもいいんだ!そう思うと気持ちが楽になった。

それなら私は年越しには、アレを買うに決まっている。

「これとこれよ」

夫がレジカゴに入れた緑のたぬきの一つを棚に戻し、私は赤いきつねと天ぷらを入れる。

「やっぱり年越しはうどんと天ぷらのセットかな!」

「おお、いいね。じゃあ後は明日食べるものも何か買っていこう」

そう夫が私に言って、私は夫と手を繋ぎ明日から食べる食べ物も買う。


あれから二年が過ぎ、今年も大晦日がやってきた。

私はリビングでお茶をしながら、臨月に入った大きなお腹を擦り、キッチンでトントントンとリズムよく料理をする夫を見る。

夫は私が妊娠をしてから、料理の腕前が上がり休みの日はご飯を作ってくれる。

今は、明日から食べる料理を拵えている。


夫が声をかけてきた。

「今年も今から一緒にたぬきときつね買いに行こう」

「あれ?それは作らないの?」

私が聞くと、夫は頭を掻き困った顔をした。

「いや、流石にうどんと蕎麦どちらも作るのは大変だし、お義父さんみたいに美味しい出汁は俺には作れないから。それに俺の家の味はやっぱりアレなんだよ!」

そういえば昨年、私の実家で年越しをしたときに、夫は父の出汁の味に感動したんだっけ。たしかにあの味は作れないよね。夫の発言に納得した。それに、夫にとって年越し蕎麦=緑のたぬきなんだから、そりゃそうか。最もうどんと蕎麦を一つずつ用意するのは面倒くさいってのはすごくわかる。私だって年越し蕎麦より年越しうどんが食べたいし。

「そうね。っても私は赤いきつねを買うけどね」

私は立ち上がり上着を着て財布を鞄の中身に入れる。

「さあ、買いに行こうか」

私は夫に声をかける。

「今年は何乗っける?」

大晦日の夜、寒空の下、私は夫に聞く。

「えー」

夫は、ニヤニヤしながら私に答える。

「やっぱ海老の天ぷらでしょ」


きっとこれからも毎年、赤いきつねと緑のたぬきを食べて年を越すのだろう。

我が家の年越しは、これからもずっと幸せに満ちているに違いない。

「あなたはどっちが好きで、何を乗っけてたべるんだろうね〜」

「そりゃ俺達の子供だから、海老の天ぷらは乗っけるでしょ」

「あなたは海老の天ぷら乗せますか?」

私はお腹を擦りながら、お腹の中の子供に聞いたら、ひと蹴りされた。

「ほら〜」

夫は嬉しそうに私を見る。

きっと来年はまだ早いけど、再来年には一緒に食べられるかなー。そんなことを思いながら私達は、今年も赤いきつねと緑のたぬきを買う。

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年越しとしあわせ えだまめ @edamame23

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