第53話 期末試験発表前夜
「では、そろそろ始めますか」
内山会長が学生会の定例会合を始める。学生会の役員メンバーが五人集まっているが、全員で六人なので一人足りない。
「香西さんがまだいないようですけど」桜が言った。
「香西さんはロボコンの審査会ということで今日は欠席だそうです。いよいよ明日から期末試験発表なので今日がテスト前最後の会合になります。テストが終わるとお盆を挟んですぐにアイアンレースが始まりますので、今日はそちらの議題をメインに話したいと思います。ではまず、自転車の報告からお願いします」
内山会長のおかげでスムーズに議事が進行し、やがて会合が終わった。
「ねえ、テンテン。頼んでたもの、持ってきてくれた?」
小原緋が、片付けを始めたミユに尋ねた。
「ああ、コピーしてきましたよ。でもこんなもの何に使うんですか?」
そう言ってミユはカバンの中から紙の束を取り出した。それは、先日製作したレース用のカートの諸元や性能、それにレース当日のマシンのセッティング案をまとめた資料だった。どれくらいスピードが出て、どれくらい曲がりやすいか、そういった情報がまとめられている。見る人が見れば限界性能が判明するものなので、表紙に大きくマル秘と書かれていた。
「ほら、私も一応カートの副担当だからさ、目を通した方が良いかなと思って。ありがとね」
学生会室の片付けが終わり、解散になったので、ミユはカート部のガレージの片付けへ行くことにした。その道すがら、スマホを持っていないことに気づいた。学生会室では持っていたので、そこに忘れたに違いない。急いで引き返す。
学生会室の前まで来たとき、天井に明かりが点いているのが見えた。まだ会長か誰かが残っているらしい。
学生会室のドアに手を掛けたとき、部屋の中から不意に大きな声がして、思わず手を引っ込めた。
「そんなことまで!?」小原の声だ。誰かと話しているようだ。ミユはドアに耳をあてた。
「タイヤに細工をすれば、もし雨が降れば事故になるよ」
相手の声は聞こえないので、電話をしているようだ。
「レース用のカートのデータを送るだけじゃ祇園さんは満足しないの? そんなに自信がないの?」
小原が口にした祇園という人名は、岡山高専のカート部の祇園選手のことだろうか。ミユにはそれ以外に思い当たる人はなかった。
「……うん。分かった」
そこで通話は終わったようだ。
断片的な情報がつなぎ合わさって、嫌な予感がミユの頭をよぎった。たしか小原はもともと岡山出身だった。それは岡山に遠征に行ったときに、岡山高専の学生から小原のことを聞かれたことからも明かなように、岡山高専にも知り合いが何人かいるようだ。
もし、今の通話の相手がその岡山高専の学生で、何らかの事情により、その人たちにレース用のマシンの情報が送られたとしたら、どうなるだろう。カートはドライバーの技量の方が影響しやすいとはいえ、事前に情報が相手に渡ることは讃岐高専にとって不利になりこそすれ、有利になることは絶対ない。
けれども、それ以上に気になるのは、タイヤがどうのこうの、雨で事故がどうのこうのと言っていたように聞こえたことのほうだった。タイヤに何か細工をするよう指示されているような内容にも取れた。
小原さんが、どうして、という疑念が沸く。
室内の明かりが消え、小原が部屋から出てくる気配を感じたので、急いで、けれどとても静かにその場を離れた。廊下の突き当たりの曲がり角に隠れ、学生会室の方を伺うと小原はミユとは反対方向に歩き始めたのでホッと胸をなで下ろした。
「何をしているのですか?」
「ひっ!?」声にならない悲鳴を上げてミユが振り返ると、内山会長が笑顔で立っていた。
「あ、会長でしたか」
「何か問題でも?」
「はい。たった今、問題が起こったかもしれません」
ミユは、小原が見えなくなったのを確認したあと、彼女の不審な通話の内容や、懸念を内山会長に説明した。
「なるほど……。この件について他に知っている人は?」
「まだ誰にも」
「良かった。この件はすべて私に任せてくれませんか?」
「え? でも」
「試験やレース前の大事な時期に一年生の天雲さんや他の方に負担を掛けたくないですからね」
「はい。ありがとうございます」
「今の話が本当だとして、小原さんは自発的にそういうことをやる人ではないですから、何か事情があると思いますし、天雲さんの早とちりの可能性もあります。このことは決して誰にも言ってはいけませんよ。小原さんを信じて、天雲さんは今まで通り普通に接してください」
「はい、よろしくお願いします」
「あと、小原さんがなにをしようとも見て見ぬ振りをしてあげてください」
「え?」
「大丈夫。私を信じてください」
「はい……。分かりました」
そこ長と別れ、学生会室に忘れていたスマホを回収してカート部の部室の大掃除に向かった。
部室の大掃除も終わり、ミユは学生寮の自室に戻った。ロボコンの審査会ということで舞はいなかったが、遥は自室にいて勉強していた。ミユも夕食まで時間があるのでテスト勉強にとりかかった。
「ただいま~」夕食前になって彗が帰ってきた。
「あ、おかえり」と、遥。
「サイクリングサークルも今日は大掃除?」
「も、ってことはカート部も?」
「うん」
「私は、それに加えて自転車の練習だよ」
「大変だね」
「かなり体力が落ちてるから。明日からは早朝に走り込まないといけないなあ」
「でも良かったね。十河さん、出てくれることになって」
「うん。なんでもインカレに出ないから、アイアンレースに出てくれるんだって」
「インカレ? 何それ?」
「そういえば何だろう? 自転車の大会かな?」
「インカレってのは、インターカレッジ、つまり全国日本学生選手権のことで、インターハイの大学版だね」遥が二人の疑問に答えた。
「え? 高専生って大学の大会に出られるんですか?」
「そうだよ。高専は五年まであるから、高専の四年生と五年生は、大学一回生と二回生扱いだからね。ちなみに高専の一年から三年生は高校生扱いだから、インターハイに参加できるし、県大会を突破できれば甲子園も出場できるよ。もっとも高専で甲子園に出たところはないけど」
「じゃあ、それで言えば今回のアイアンレース大会ってどういう大会なんですか?」
「高専大会だね。高専だけが出場するヤツ」
「なるほど」
「そういえばカート部って、他のレース大会出ないの?」
「毎年一つか二つでてるみたいだけど、今年はアイアンレース大会に絞って出るみたい」
「へえ、そうなんだ」
夕食のチャイムが鳴った。
「よし、じゃあ食べに行きますか」
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