第11話 洗濯室

洗濯物を入れたビニール袋を提げて洗濯室へ行く。五、六台の縦型洗濯機が並んでいる。

そこには先客が一人いて、一番端の洗濯機の前に置かれたテーブルにもたれるようにして本を読んでいる。端正な顔立ちに、髪はショートボブでシャープな印象を受ける。ジャージ姿だったけれども雰囲気がある。

百人いれば間違いなく九十五人は、美人と言うだろう。


ミユはその学生に不思議な魅力を感じ、目を離せないでいた。

「何か?」と、視線を感じた学生がミユに尋ねる。ミユと目が合った。

「え、あ、いえ、その、あの何読んでるのかな? って思って」


不躾に見ていたのが気まずくなって慌てて取り繕ったが、相手は全く意に介さない様子で、表紙をミユに向けた。

「無人島に生きる十六人。本好きなの?」

全然知らない本だ。


「おもしろいんですか?」

「すごく、ね。アオウミガメが美味しいって書いてある」

「ウミガメが、ですか?」

「そう。あなた、見たことない顔だけど、新入生?」

「そうです。これからよろしくお願いします」

「こちらこそ、よろしくね」


会釈をして、ミユは空いている洗濯機を探したけれど、どれも洗濯物が入っていた。どうしたものかと、助けを求めるような視線を先輩の学生に送ると、察してくれたのか、「洗濯が終わっているやつは勝手に取り出して、カゴの中に入れて良いよ。そのうち本人が取りに来て、乾燥室で干すだろうから」と教えてくれた。


言われたとおり、止まっている洗濯機から他人の洗濯物を取り出してカゴに入れたが、洗濯物はちゃんと洗濯ネットに入っていたので、あまり抵抗はなかった。

「ありがとうございました。あの、どうしてこんなところで本読んでるんですか?」

「二槽式の暇つぶし。でも、面白くて読むのを止められない感じ」


二槽式洗濯機があるあたり、さすが高専の学生寮だ。二槽式洗濯機は、洗浄力が高く、汚れ物を大量に洗濯するのに向いている。しかし、全自動洗濯機と違って、洗い、すすぎ、脱水を手動で操作する必要があり、行程ごとに洗濯槽から脱水槽へ、あるいはその逆へ衣類を手で移さなければならないため、洗濯中は洗濯機から離れられない。


「でももう、終わったみたい」

そう言って彼女は脱水槽から洗濯物を引き上げた。それは厚手の一着のツナギだった。そのままハンガーに掛け、洗濯室の隣にある乾燥室のロープに干す。ミユはそのツナギが何であるのかを知っていた。


「今の、ドライバースーツですか?」

「よく知ってるね。もしかして、カート経験者?」

「小学生の時に、少し」

「だったら、レーシングカート部に見学に来なよ。名前は?」

「天雲ミユです」

「天雲ミユちゃんね。覚えた。私は池田――」と言いかけたところで、誰かが洗濯室に入ってきた。


「あ、こんなところにいた。種田さんが、バイト先で巨大なホールケーキもらって来たから、四月生まれの人の誕生日会やろうって流れになってるよ。池田って、四月生まれでしょ?」

「私は別にいいよ。お祝い事の主役になるの好きじゃないから」

「また、そんなこと言って。早く行くよ」


池田と呼ばれた学生は、腕を捕まれそのまま強引に引っ張られ、こちらを振り返って「また後でね」と言ってそのまま出ていってしまった。

どこかで聞いたことある名前だと思いながら、洗濯ネットに入れた洗濯物を全自動洗濯機に放り込み、スタートボタンを押し、洗濯室をあとにした。


あ、と短く言って、立ち止まる。

そうだ、私も四月生まれだった。

とはいえ、知らない上級生ばかりのところへ行くのもなんだかおっくうで、お祝い事の主役らしい振る舞いも求められるとしたら、ここは確かに参加しない方が無難だった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る