第9話 入寮コンパ 1

ミユと彗は、寮の玄関で栞と別れて自室に戻った。

入学式の日は上級生は休みなので、遥は相変わらずグーグーと寝ていたが、舞の姿はなかった。来週まで授業が休みなので、メカトロ研の部活に行っているのだろう。


ちょっとやそっとの物音では遥は起きなさそうなので、二人は今後の予定を確認したあと、入学式の時にもらった部活勧誘のチラシを一枚一枚見ながら、ああでもないこうでもないとおしゃべりをしてコンパが始まるまで時間をつぶすことにした。


入寮新歓コンパの開始時刻の少し前に自室を出て、会場の食堂に入る。部屋を出る前に遥先輩に声をかけようと思ったけれど、よく寝ていたので、そのままにしておいた。


寮は女子棟と男子棟に別れているけれど、食堂は共用なので、すでに会場には男子を含めた百人近い人数が集まり、何組ものグループができていた。意外だったのは、外国の民族衣装をまとった留学生が何人もいたことだ。イスラム圏で見かけるブルカを被った女性がグループになっている。そのせいかどうかは分からないけれど、聞いたことのない民族音楽がスピーカーから流れていた。


栞がこちらを見つけて寄ってきた。

「ねえねえ、結構男子がいるよ。いるところには、いるもんだね」

ブラウスにジャンパースカートの私服に着替えた栞は、はっきりいってかわいい。彼氏を作るために高専に来たと豪語するだけはある。中学のジャージ姿のミユとは大違いだ。


しかし、ミユは、ファッションや異性よりも、テーブルの上の料理の方が気になる。

テーブルの上には、オードブルや寿司、ピザ、サラダ、焼きうどん、ケーキといった料理が並び、ジュースやお茶も用意され、いかにもパーティの様相を呈している。


「ミユちゃんと彗ちゃんは、同室だからいいよね。私の部屋は上級生ばっかりだから。もちろん親切にしてくれるんだけど、忙しそうだし、やっぱり同学年が欲しいよね」

栞はうらやましそうに二人を見ている。

「そっか。部屋内の学年編成はバラバラなんだね」と、彗。


雑談をしているうちに、スピーカーから聞こえてくる音楽が小さくなり、代わりにアナウンスが流れる。

「はーい、みなさん集まってますねー。時間なので、そろそろ始めたいと思いまーす」

大きなスピーカーの置かれた壇上にマイクを持った学生が立っている。

「進行役は、私、小原が務めます。新入生の方は初めましてですね。進行の都合上、このあとすぐに乾杯になりますので、みなさん、紙コップとお飲み物をご用意ください」


乾杯のためにミユは紙コップを探していると、メガネの上級生に紙コップの束を渡された。どてらを着て、髪を後ろにしばり、いかにも寮生といった出で立ちの寮生だ。

「テンテンもちゃんと来てるね。紙コップもってない人に配っておいて」と、親しげに話しかけられる。相手はミユのことを知っているようだ。けれど、ミユには心当たりがなかった。


「え? どなたですか?」

失礼かもと思ったけれど、そう尋ねる。

「あれ? 忘れちゃった?」と、相手は肩をすくめるジェスチャーをする。「この二日で初めましての人に何十人も会ってるから、それも仕方ないか」

そう言われると、どこかで会ったような気がするけれど、思い出せるようで思い出せない。


不意に、マイクを握る進行役の声が大きくなった。

「それじゃあ、乾杯の前に、寮長より挨拶があります。寮長は、こちらに来てください。新入生は心して聞いてくださいね」

「あ、もう行かなきゃ」

ミユの隣にいたどてらの寮生が壇上に上る。


「新入寮生のみなさん、入寮おめでとうございます。私が寮長の西尾鳴です」

「うわぁ、そうだったか」と、ミユは頭をかかえ、独り言をつぶやく。

ミユのことをテンテンと呼ぶのは、桜と鳴の二人しかいない。桜は、髪がショートだったので、髪の長さで判断すれば鳴で決まりだ。少し考えれば分かったのだが、とっさのことで動転してしまい、とても失礼なことを言ってしまった。しかも、鳴が寮長だったとは想像もしていなかった。


「どうしたの? 何かあった?」

彗は小声で心配そうにミユに話しかける。

「大丈夫。後で説明するから」

壇上では鳴があいさつを続ける。

「えー、みなさんがこれまで通ってきた中学校とは違って、この寮にはご覧の通り、幅広い年齢や、いろんな国籍の人が集まって暮らしています。なので、みんなでいろんなことを話し合って、教えあっていきましょう。私は、あなたたちと生活していくことを楽しみにしています。挨拶が長くなると嫌われるのですが、最後に絶対に守ってほしい大切なルールを言います」


それから、もったいぶるように十分な間を取った。ミユをはじめとして新入生は、どんなルールなのか聞き漏らさないように耳をそばだてたが、先輩たちは耳を塞いだ。どうして耳を塞ぐんだろう、と思う間もなくスピーカーから大音量が響いた。

「年齢に関わらず、寮や学内での飲酒、喫煙は禁止! 異性の棟に立ち入るのも禁止! 禁を破ったものは即刻退寮処分、以上!」


耳がキーンとなった。学内での飲酒や喫煙は禁止は当たり前の気がするけれど、五年生の中には二十歳を超える人もいるし、気が緩むとうっかりやってしまうのかもしれない。特に生活の場である寮だと、なおさら気が緩みそうだ。


「はーい、ありがとうございました。良いお話でしたね」

進行役の小原あかねがぺちぺち手を叩きながら再登壇する。それにつられて数人が拍手をすると、すぐに大きな拍手になった。

「では、みなさん。乾杯の準備はできましたか? できましたね? はい、乾杯」

「かんぱーい」

ずいぶんあっさりしてるなと思いながら、ミユは紙コップに注がれたお茶を飲んだ。


「十分後に、新入生歓迎の出し物をやるので、出る人は準備をお願いします。では、しばしの間ご歓談を」

それを合図に、みんなテーブルの上のごちそうに手を伸ばし始めた。


なくならないうちにミユたちはピザを取って、頬張る。卓上のピザを取りに、男子が近づいてきた。ミユにとっては見知った顔だ。同じ地元の小中学校に通っていた真鍋まなべたすくだ。


「久しぶり」と、佑。

「佑も寮に入ったんだ。知らなかった」


ミユと佑は、家が近いので小学校のときはよく話したりしていたけれど、中学校の時は男女のグループに分かれてしまったので、学校で見かけても挨拶をするくらいで話すこともなくなっていた。家が近いので、佑が高専に進学したことは、親から聞いて知っていたが、同じ寮にいるとは知らなかった。いや、家が遠いから寮暮らしは少し考えてみれば当たり前だったけど、何も考えていなかったので、言われるまで気づかなかった。


久しぶりに見た佑はずいぶんと背が伸びたように見えた。

「同じ中学の女子はいたか? 男子で高専に来たのは俺だけみたいだ」

「そうなんだ。何人かいるみたいだけど、見てないよ」

「ふーん。ところで、そっちの人は?」


佑が栞の方を気にしたのも無理はない。ミユの後に隠れて栞が佑をチラチラと見ていたからだ。

「あ、こっちは――」

「柿本栞っていいます! はじめまして!」


自己紹介のチャンスを狙っていたのか、栞がミユを押しのけて前に出る。

「ども、天雲と同じ中学だった真鍋です。よろしく」

「あの、真鍋君って、学科はどこなの?」

「建築だけど」

「建築って、男子率高いよね?」と、栞が矢継ぎ早に質問を始めた。

「まあ、建築の男女比は、三対七だから、他の学科のことはよく知らないけど比較的男子は多いんじゃない?」


「どうして建築に?」

「どうしてって、言われても」と、佑は後頭部を掻きながら栞の質問責めに対して助けを求めるように、ミユの方を見る。栞は同性から見てもカワイイ。女子と話すことに慣れていない佑が困惑するのも無理はない。そんな佑を見ているのも面白い。


頑張れ、佑。うまくやれば秋の学園祭で、二人で花火が見られるよ。

二人のために気を利かせて、ミユと彗はその場を離れて隣のテーブルに移動する。

「テンテン、食べてる?」

背後からそう話しかけられて、ミユと彗はサンドイッチを頬張りながら振り返った。

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