第8話 入学式

季節はちょうど桜の散る時期で、花びらが舞っている。

入学式会場の体育館から一歩外に出ると、そこには別の花道ができていた。廊下の両脇にずらっと部活紹介のチラシを持った上級生が並んでいる。

昨日の夕食のとき、舞からチラシ配りの列ができると聞かされてはいたものの、新入生歓迎のための趣向に感激してしまった。


一枚受け取ってみると、詳しく読む間もなく、次から次へと渡されていく。紙質もデザインも様々で、安いワラ半紙に輪転機で大量印刷したものもあれば、カラー写真付きの手間も費用もかかっているようなものもあった。


花道を抜けるころには、百枚近い紙の束を抱えることになって、これには彗と一緒に苦笑した。


同じように紙の束を抱えたクラスメートと一緒に教室に戻り、それぞれ自席に着く。座席は、出席番号順なので、ミユの前に彗が座る。


みんな初対面のせいか、お互いに探り合う気配が漂っていたものの、みんな同じ不安や期待を共有しているので、そのうちに隣の席の人同士で簡単な自己紹介やざっくばらんな会話が始まっていた。


「ねえ、私、柿本かきもとしおり。あなたは?」

隣の席の学生が話しかけてくれた。

「天雲ミユです。よろしくね」


「ミユちゃんは、どうして高専に? 男目当て……だったら、普通の共学行ってるか。わざわざ男子の少ない高専になんてこないもんね」

いきなりのミユちゃん呼びに少し驚く。

「男子が少ないって、そこ重要?」

「一番大事じゃん。ほら、あそこの男子、結構かっこ良くない?」

「背は、高そうだよね」

「あとで連絡先聞こうかな。それで、ミユちゃんはどうして高専にきたの?」

「うーん。就職率が良いし、ちょっと普通とは違ったことがしたかったからかな」

「ふーん。なんか普通」


あまりお気に召す答えではなかったようだ。自分から聞いてきたのだから、もう少し良い反応をして欲しいと思う。

「じゃあ、えっと、柿本さんはどうして高専に?」

「柿本さんだなんてやめてよー」

「ああ、じゃあ、栞ちゃん?」

「私は、学園祭に花火があるから! 彼氏作って、一緒に花火見るんだぁ」


ロマンチックな答えにミユは少し笑ってしまった。確かに、高専の学園祭は、打ち上げ花火でクライマックスを迎える。そんな学園祭は普通の高校にはない。けれども学園祭に花火があるから入学を決めるというのはミユの考えの及ばないところだ。そういう意味では、確かに彼女の入学理由は、ミユにとっての普通ではない。


ほどなくして先生が教室に入ってくる。

装飾を施した黒板に書かれた『入学おめでとう』の文字の横にある空きスペースに、『福本隼人』と大きく書いた。


「みなさん入学おめでとうございます。今年一年間、このクラス担任を受け持つことになった福本です。担当教科は物理です。趣味は、木工とかDIYとか工作全般です。それじゃあ、名前の確認をかねて、出席番号順に、名前と出身中学だけでも良いから自己紹介してもらおうかな。一番の井澤からよろしく」


出席番号順に名前と出身中学だけの簡単な自己紹介が始まった。意外なことに同じクラスに同じ中学出身の学生は、いなかった。

隣を見ると、栞は、熱心にメモを取っている。


その後は、教科書の購入の案内のプリントや、通学路を書く用紙や、自転車に貼るシールなどが配られ、いろいろ説明を受けた後、午前中に下校になった。


学生寮の新歓コンパまで特に予定はなかったが、寮の食堂で昼食が出るので、寮に戻る必要がある。


「栞ちゃん、また来週よろしくね」

帰る前に隣の栞に挨拶をした。

「うん。またね。そうだ、ミユちゃんは、どこに住んでるの?」


「学生寮だよ」

「うっそ、私も寮だよ」

「そうなの? なんだ。じゃあ、このあとも一緒じゃん」


その話を聞いて、前の席に座っていた彗も話に参加してきた。

「私も寮だよ」

「すごい! じゃあ、三人で帰ろう。ええと」

「立花彗だよ。よろしくね、柿本さん」

「そうそう、彗ちゃんだよね」

「彗ちゃん?」

「そう。一つ屋根の下で住むんだし、私のことも名前で呼んでよ。ね?」

「うん。分かった」

「彗ちゃんは、どうして高専入ったの?」

「うーん。どうしてって聞かれたら、なんでだろう。強いて言うなら、何かを見つけたくて、かな?」

「何かって?」

「それが分かれば苦労はしないよ」

彗は苦笑した。

「ふーん。私はね」

「知ってる。花火でしょ」

「ん、盗み聞かれてたか」

 三人で他愛もない雑談をしながら寮へ帰った。

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