第5話 入寮

ミユは西尾にしおめいに促されて寮に入ったあと、来客用のスリッパに履き替えて、掲示板の部屋割り表を確認する。ちゃんと自分の名前を見つけることができ、割り当てられた部屋に向かった。あとで自分用のスリッパを買いに行こうと思う。


来週から授業が始まるとはいえ、まだ春休み中のせいか、ほとんど人影はなく静かだ。


夏のオープンキャンパスのときに寮の下見をしていたので、なんとなく構造はわかっていたけれど、改めて見ると、鉄筋コンクリート造の三階建てで、夏とは違いひんやりとしている。部屋割り表を見る限り、下級生は四人の相部屋で、上級生は二人部屋や個室になるようだった。


途中、親切な寮生に声をかけられて自室まで案内してもらった。


自室のドアの前に立つと中から話し声が聞こえてくる。ノックすると部屋の中から、どうぞ、と声がした。おそるおそるノブを回して開けると、二人の学生がイスに座り、向かい合って話していたようだった。


「あの、初めまして、天雲てんくもミユと言います。今日からよろしくお願いします」と、深く頭を下げる。


「初めまして、同室の二年の溝淵みぞぶちまいです。こちらこそよろしくね」

青い作業着を着た学生が言った。


「私も同じ新入生の立花たちばなすいです。よろしくお願いします」

もう一人の女性が椅子から立ち上がって頭を下げる。髪はショートで、スポーツをやっている雰囲気を感じた。


ミユは同学年の学生がいてほっとした。

「あなたも一年生なんだ。同じ学年の人がいてよかったあ」

「立ち話もなんだし、入りなよ。天雲さんの机は、そっちの右横の空いているところで、ベッドは右の上の段ね。新入生は、基本的に上のベッドだよ。ロッカーはベッド横の空いてるのを使って」


「ありがとうございます」

「どういたしまして。ところで、天雲さんは何学科なの?」

桜からも同じ質問をされたので、やはり所属学科というのは学生にとって気になる事項のようだ。

「機械工学です」

そう答えると、舞の隣に座っていた同じ新入生の彗が、興奮気味に立ち上がった。


「私も同じ機械工学です! 偶然ですね!」

「え! すごい。じゃあ、きっと同じクラスだね」

新入生二人はきゃっきゃとはしゃぐ。


「そういえば、この部屋って四人部屋ですよね。もう一人の方は外出中ですか?」

ミユはふと、一人足りないことに気づく。

「あっちで寝てるよ」

舞の指が延びる方向を見ると、二段ベッドの下の段のカーテンが閉まっていて、かすかにグーグーと寝息が聞こえてくる。はしゃいだ声を出したけれど、目を覚ます様子は全然ない。よっぽど眠いんだろうな。


改めて部屋を見渡すと、夏のオープンキャンパスで見学した時に見せてもらった部屋とは様相がまったく違っていた。


オープンキャンパスのときに見た部屋は、勉強机の上にベッドが位置する、いわゆるロフトベッドが、左右の壁に沿って二台ずつ、合計四台並んでいた。


でも、今回割り当てられた部屋は、同じ十二畳ほどのフローリングのワンルームで、奥の壁に大きな窓が付いているのは同じだけど、左右の壁の奥にそれぞれ二段ベッドが一つずつ置いてあり、その手前に個人用のロッカーが二つずつ並び、そしてドア付近に机と椅子が四人分並べられているのでかなり手狭な印象を受ける。


「私、オープンキャンパスのときに一度、寮の部屋を見学させてもらったんですけど、部屋の様子が全然違うんですね」

舞は「そうだよ」と肯いた。


「部屋は好きに模様替えして良いからね。家具なんかも適当に並べていいし、畳を敷いて和室にしてるところもあるし、本棚を並べて迷路みたいなところもあるし、伝説では水田にしてた部屋もあるらしいよ。そういう意味ではこの部屋は、面白味には欠けるけど、まともな方だよね」


「すみません、スイデンって何ですか?」

「うそっ! 天雲さん、水田知らないの? いくらなんでもそれは常識がなさ過ぎるよ。お米が取れる田んぼのことだよ」

「いえ、それは知っていますが、部屋が水田? ですか?」

「そう。私も詳しくは知らないんだけど、床の上に防水シートを張って土を入れて、部屋の中で田植えしてたみたい」

「そう、ですか」と全く腑に落ちない感じだったが、納得するしかなかった。


「さて、彗ちゃんの話し相手もできたことだし、私はそろそろ出かけるね。夕方には戻ってくるから、夕飯は一緒に食べよう。それまで荷物の整理や寮内の探検でもしてて」

そう言うと舞は自分のロッカーを開けて、作業着の上からジャケットを羽織り、軽快な足取りで出て行った。


ミユは目で舞を見送り、着ていたコートをロッカーにしまい、簡単に荷物の整理を始めた。

ミユが荷物の整理をしている間に、彗は二段ベッドの階段の手すりを握り、何度か上ったり下りたりを繰り返していた。


「何してるの?」

彗の謎の行動が気になって尋ねた。

「ほら、はしごが急だから、ちゃんと上り下りできるか確認してるの」

「ふうん。ところで立花さんは、今日はどうやってここまで来たの? 自転車?」

「ううん。私は親が車で送ってくれたから」

「そうなんだ。ここって駅から遠いよね。バスも少ないし、今日は危うく駅から一時間近くかけて歩いてくるところだったけど、運良くヒッチハイクできたんだ」

「ヒッチハイク!? 危なくない?」


冗談で言ったつもりが、彗はすっかり信じてしまったようで目を丸くして驚いたので慌てて、「ホントは、たまたま上級生に出会って送ってもらったんだけど」と、訂正した。

「なんだ。びっくりした。でも、天雲さんって面白いことを言うんだね」

立花彗がクスクスと笑う。


面白いと言われて悪い気はしない。

「なんだか照れるなあ。そうだ、いつまでも徒歩ってのもなんだからさ、今度、一緒に自転車買いに行こうよ」

「うん。一緒に行くのはいいけど、自転車は……、いらないかな」

「なんで? こんな僻地じゃ自転車がないとすごく不便じゃない?」

「私、……乗るの苦手だから」


練習すればうまくなるよ、と言いかけてミユは言葉を呑んだ。なんとなく、そこには触れて欲しくない何かがあると思えたから。


一瞬の気まずい沈黙を破るように、ミユのスマホからピーという警告音が鳴った。

「あ、電池切れだ。充電しなきゃ」

そういって、鞄の中を探すもののスマホの充電器が見あたらなかった。

「しまった。家に充電器忘れちゃったよ」

「私、二つ持ってるから、しばらく一個貸してあげるよ」

「いいの? ありがとう。助かる」

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