二十章 「そもそも違いすぎるよ」

 彼女は、はっきりとしない僕をキリッとにらんできた。

 でも、彼女の表情から怒りはなぜか感じられなかった。

「そもそも私と悠希は、違いすぎるよ」

 否定されるとその物事だけでなく、僕自身を否定されたように感じる。

 「しっかりしろ!」と自分自身に言葉を投げかける。僕は『言葉』の力をまだ信じているのだろうか。それとも他人には効果がなくても、辛い時僕は『言葉』に救われてきたから自分には使うのだろうか。

「まず、私たちは性別が違うよね?」

 彼女は、落ち着いた声でそう言った。

「それはそうだね」

「性別が違うこと。悠希はきっと『たったそれだけ?』と思うよね。でも性別が違うことで、結構ズレは出てくる。その違いで、悩むことや相手に求めることはかなり違うんだよ」

 彼女は、僕の目を見つめた。

「女性は、私と同じようにありのままの自分を全部受け入れてほしいと思う人が圧倒的に多い。聞いてほしいけど、助言を求めていないこともよくある。一方、男性はありのままの自分を見せたくないし、そもそも自分の弱さを認めたくないと思う人が多い。そこには、男性のプライドの高さが関係している。女性からしたら大したことないと思うことでも、男性は大切に思っているということもある。どちらも自分勝手と問題視しないことはできるよ。でも、悠希はそうはしたくないんでしょ? 性別によって、こんなにも違いがあることを悠希は知っていた?」

「知らなかった」

 彼女の言う通りで、僕はそこに気づくことができていなかった。

 また、違うからいってそこを軽視したくないし、ちゃんと理解したいとも思っている。

 それが相手を受け入れることだと思っているから。

「まあ、知らないことは珍しくはないと思うよ。人は意外と物事について深く考えていないから。みんな考えているように装っているだけ。私は人生の中で考えることが何度もあったから知ってるだけだから。でも、これで違いがあるのがはっきりとわかったよね」

 彼女は、どうしてそんなにせつない顔をして、違いをわざわざ教えてくれるのだろう。

 まずわかったことは、考える機会がたくさんあったということは、それだけ彼女の人生は大変なことが多かったということだ。

「さらに、もう一つ悠希に教えてあげるよ。悠希も多くの男性と同じようにプライドを持っているよ」

「僕が、プライドを?」

 それは、ついさっき自分自身が疑問に思ったことだ。

 どうして本人である僕よりも、いつも彼女が先に気づくのだろう。

 僕が鈍いのか、彼女が人の気持ちを敏感にわかるのかどちらだろう。

「悠希は、私の前で今日辛い顔を見せないようにしたり、泣きそうなのを隠した時があったよね? それが、悠希の『プライド』だよ」

 僕は彼女の言葉を聞き、自分が彼女の前でしていた行動がすぐに頭に浮かんだ。まず、そう指摘されて、嫌な気持ちにはならなかった。むしろ、あれらの行動は、『プライド』によるものだったのかとなんだかしっくりきた。

 そして、僕は自分自身をもっと知りたいし、彼女のために知らなきゃダメだと思った。

 自分のことも知らない人なんて、あまりにも頼りなさすぎる。そんな頼りない人が、誰かを救うことはできないだろうから。

「違うのは、それだけじゃないよ。物事の考え方や捉え方もかなり違う。それらは、今までどのように生きてきたかが大きく関係している」

 彼女は違うことをどんどん言う。

 少し違和感を覚えた。

 さらに、彼女は今まで救えないとも何度も言っている。同じことを繰り返し言うことの裏側には、実は言葉にしにくい別の気持ちが隠れていることがある場合がある。

「どう生きてきたか?」

「そう。それらは、育った家庭環境や体験したことに影響を受ける。私が前に自分の親の話をしたよね? 悠希の両親のことはだいぶ前に少し話を聞いたぐらいで細かくは知らないけど、私の親よりひどいことはないと思う。つまり、私たちは物事の考え方が同じではない。もちろん、全く同じ考え方の人はいないよ。でも一般的に、自分と同じような考え方を持った人や性格が似ている人と仲良くなることが多いよね? それは、自分と違う考え方の人を受け入れることが難しいからだよ。さらに言うなら、自分の考え方や生き方を変えることは、簡単にはできなくてもっと難しいことだよ」

 その言葉を聞いて、僕は彼女にもっと僕のことを知ってもらいたいと思った。

 相手のことを知ることで、何か変わることがあるかもしれないから。

「僕の父親はすごく厳しい人だった。強い男であることを強いられた。母親は僕が父親にしかられているところを見ても、僕を庇ってくれたことは一度もなかった。でも、それだけでひどいことをされたことはない」

「そうだったね。悠希も親のことで苦しい思いをしていたのね」

 彼女は理解を示してくれたような言葉をくれた。

「まあ、弱い僕が悪いんだけどね」

 僕は、自虐的に笑った。

「でもたとえ親が厳しくても、悠希の人生全体を通してみると、不幸せではなかったんじゃない? そんな生活を当たり前に過ごしてきた悠希が、私の『不幸』や『辛いこと』を本当の意味でわかることができる??」

 その言葉から僕は『迷い』を感じとった。

 彼女は、一体何に迷っているのだろう。

「華菜が言ってることはよくわかった。でも、僕は何を聞こうと、今後何が起ころうとも、華菜の味方でいるよ」

 僕は、自分の弱さも彼女の迷いも吹き飛ばしたい。

「違うことは、障害に簡単になるんだよ。みんなと違うことをすれば、すぐに白い目で見られる世の中だよ。悠希はそれに耐えられる? それに、同じ経験をしなきゃ、理解できないこともある。私の持っている『人を不幸にする力』はかなり特殊なものだから、いくら言葉で説明しても悠希にはわからないと思う。そのせいで今までどんなことに苦しみ、今後何を嫌に感じるかはきっと悠希は想像すらできない。でも、どうしたらいいかもわからない可能性も多いだろうに、私を救いたいと悠希は言った。周りの人を敵にしても意思を貫くことは簡単なことじゃないのに、悠希がそこまで思う理由を教えてほしい。『運命を感じたから』とかいう曖昧なものじゃなく、私がちゃんと納得できるものを教えてよ」

 僕は彼女の手をゆっくり握ったのだった。

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