十九章 「勝手に『一緒に』しないで」

「私を、美琴や悠希と勝手に『一緒に』しないで!」

 彼女は、もう一度はっきりと言った。

 さらに、美琴だけじゃなく、『僕』も突然話に登場してきた。

 なぜ今僕の名前が出てくるのだろう。

 僕自身は、彼女のことに『僕』は何も関係ないと思っている。

 そして、彼女の目は曇っていた。

「一緒じゃない?」

 僕は、彼女の言葉を繰り返した。

 彼女の言葉の意味も、今なぜ彼女の目が曇ったのかも僕にはわからなかった。

 でも、僕は「わからない」という言葉がいつもどうしても言えない。

 相手は僕のために答えるのは面倒だろうと考えてしまう。だからその思いをわざわざ表現せず、話をなんとなく合わせるように僕はなっていった。

 それでも会話は、それなりにできていたからいいかと思っていた。

 きっと答えてもらえないだろうという自信のなさも関係しているのだろう。

 『自信』というものはなかなか厄介もので、さまざまなことや物の邪魔をする。

 それとも、僕にも『プライド』というものがあるのだろうか。

 僕にも少しはプライドがある?

 そんなことを今まで考えたことなかったから、頭に浮かんだ言葉に驚いた。

 『自信』か『プライド』かまたそれ以外のものか僕にはすぐにわからなかった。

 自分のことでさえこんなにわからないなんて本当に僕はおかしい。

 彼女のことを考えていくうちに、僕自身が受け身なままだと人を救うことはできないとわかってきた。それなのに、すぐに変わることを僕はできていない。

 これじゃあダメだ。もっと努力をしなきゃ。その方法はわからないけど、僕は自分の足りないところを見つけると早く補いたいといつも思う。

 まずは、彼女の話に集中することにした。

「確かに美琴は、私のせいで苦しんでいた。悠希も今もきっと苦しんでいる。その点では、私も、美琴と悠希と同じカテゴリーだよ。でも、同じことはたったそれだけだよ? 私と美琴は全く違う人で、悠希に関しては性別すら違う。何に苦しんでいるかは全く違うのに、それを一括りするのは少し強引すぎない?」

「僕はそんな、」

「そんなつもりじゃない? それは悠希の気持ちだよね。私にそう伝わってしまったなら、それはそういうことなんだよ」

 彼女は僕の言葉を先回りして言った。その言葉は僕の言いたい言葉そのものだった。どうして僕が言おうとしたことが彼女にはわかるのだろうか。

 彼女の心に僕の思いが届いた気がしたら、また遠くに感じる。それを何度も繰り返している。

 彼女の心の扉は、強力な番人に守られているのかもしれない。どうしたら、彼女の心の扉は開かれるのだろう。

 そして、美琴のことも、彼女のことも『カテゴリー』としてなんか考えたことなんてない。大切な人を決して物のように思わない。

 でも彼女は、そう伝わったと言っていた。

 僕の伝え方が悪かったのだろう。反省したいけど、僕が反省しだすといつも勝手にネガティブになってしまう。ネガティブになるよりも今は彼女と向き合いたい。

「美琴と最後に会って、その場で救えなかった悠希は本当に辛かったと思う。後悔したよね。悠希はたくさん苦しんできっと今を生きていると思う。でも美琴で果たせなかった思いを、私で果たそうとしないでよ。私は、『美琴』じゃないんだよ!」

「それはわかってるよ」

 どうしてそんな方向に話はいってしまうのだろう。

 確かに、僕は彼女を美琴のように苦しみから救えなかったらどうしようと怖かった。

 でも彼女を美琴だと思ったことはないし、後悔を彼女で埋めようとも考えていない。

「わかってないよ。本当に全然わかってないよ!! それならどうして今美琴の話をしたの? 私と美琴を全く重ねていないなら、する必要はないよね。悠希が、私の気持ちになって真剣に考えてくれていたなら、もっと違う話や言葉を言ったと思う。私の気持ちに立って考えられていたと本当に言える??」

 彼女は早口でそう言った。

 僕は、ついに言葉が出てこなかった。

 彼女の気持ちに立てていなかった?

 つまり、僕のやり方は間違っていたのだろうか。それなら僕がしてきたことはなんだっただろう。

 ネガティブになることをコントロールできたら、どんなにいいだろうか。結局、僕は今ネガティブになっている。

「悠希が私を理解しようとしてくれたことは素直に嬉しいよ。きっと私が今まで出会った誰よりも私に向き合ってくれている。それでも人を『救う』ことはできない」

 彼女は、また救えないと口にした。

「頑張ってもできないことに時間を使うのは無駄なことだよ」

 過去のできなかったことが頭に次々に浮かんできた。

 彼女の言いたいことは痛いほどわかった。これまで努力して結局何も変わらなかった時、すごく苦しい思いをしたから。

 それでも僕は、顔を上げた。

「まだできないか決まっていない」

「じゃあ教えてもらっていい? 悠希は私に『救わせてくれないか?』と言ってくれた。きっとそのために今までたくさん考えて、悠希なりに言葉や行動をしてくれていたと思う。でも『救う』とは、相手の気持ちに立つことから始まると私は思う。そして、自分をことを投げ出すことを躊躇わず何が何でも相手の今の状況を変えることだよ。それをするには、その人自身も変わる必要がある。だって苦しんでいる人をその場で救い出すんだよ? それは相当強い覚悟がないとできないと思う。また、中途半端な優しさはかえってその人を傷つける。悠希はそれを知っていて、そこまでの覚悟をもって、あの時『救わせてくれないか?』と言ってくれた??」

 僕は、すぐに頷くことができなかった。

 

 

 

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