第46話 最終局面 その2

「あ、あなた……外の警備はいったい……」

「わはははは。あの程度では警備は任せられんのォ」


 両手を払うようにパンパンと鳴らしながら川中島が笑った。八波もいる。


「みんな、どうして……」


 檜山の問いに答えたのは八波だった。チラリと恵理子を見る。


「失礼だが、手帳を見させていただいた」


 書斎のほうを調べに行っていた八波は、恵理子の部屋でテーブルの上に開かれていた手帳を見つけたのだ。

 そこには今日起きることと、それに対する彼女の喜びが綴られていた。檜山を送り出してから、堪えきれずに書いてしまったものだ。どうせ高元も檜山も殺される。見られる心配はない。長年にわたって泰久に抑圧されていたストレスは彼女を狂気の世界へと誘い、正常な感覚を麻痺させていた。


「手帳はしまっておいた方がいい」


 本気とも冗談ともつかない顔で八波が言った。


「というわけ。形勢逆転ね。今度こそ武器を捨てて下がりなさい」


 琴美の声が倉庫に響く。


「添野――」


 恵理子は助けを求めて黒服を見た。

 しかし、添野の目に浮かんでいたのは蔑みの色だった。口元が冷たく笑ってる。


「ちょっとォ、聞こえないの。武器を捨てて下がれって――」


 そこまで言った琴美は舌打ちすると、悔しそうにそういうことねと吐き捨てた。


「どういうことじゃ?」


 場にそぐわない呑気な声で聞いた川中島にあきれた顔で琴美が教えてやる。


「このおじょーさんも捨て駒だったってこと」


 恵理子がキッと配下を睨みつける。


「添野! どういうことです! お前――」

「その女の言った通りですよ、お嬢さん」


 恵理子の剣幕にも動じることもなく、添野はさらりと言った。


「裏切ったのね!」

「人のことは言えないでしょう。それとも、自分だけは裏切られないとでも思っていたんですか」

「それじゃ、わたしこそがタカモトを継ぐべきだと言ったのは……」

「ああ、そんなこともありましたかねえ」

「添野!」

「恵理子さん、あんまり添野くんを叱らないでもらいたい。彼にはこれからうちでがんばってもらわなければならないんでね」


 添野の肩をポンと叩きながら末充が笑う。


「お嬢さん」


 添野は感情のない冷めたい目を恵理子に向ける。

「お伝えするのが遅れてしまったのですが、シナリオが途中で変更になりましてね。と言っても一ヶ所だけなんですがね。〝泰久氏を殺害〟のところが〝高元親子を殺害〟とね」


 檜山を利用して高元を殺し、高元家で自由と財産を手に入れようとした恵理子。その恵理子も添野と末充に躍らされていたのだ。


 恵理子の中で何かが壊れた。いろいろなものが崩れ落ちていく。もう立ってはいられなかった。


 気を失って倒れた恵理子を末充は満足そうな顔で眺めていた。

 殺す気はなかった。恵理子を殺したところで高元家の財産が末充の元に転がり込んでくるわけではない。彼女には、まだ利用価値があるのだ。精神が病んでいるとはいえ、これだけの美しさを持っている恵理子である。愛人にしておくのもいいだろう。自然と笑いがこみ上げてくる。


「フフフ、最後に笑うのは――」

「この俺だァ! あーははははは! まったくそろいもそろってバカばっかりだなァ!」

「真島さん!」


 天窓のへりに仁王立ちになって笑っているのは紛れもなく真島であった。琴美が噛みつく。


「真島ァ! あんた、今まで何やってたのよ! 出てくんならもっと早く出てきなさいよ!」

中継ライブもねえのに最初っからノコノコ出てられるかよ!」


 真島は悪態をついて視線を末充に移した。


「そこの小悪党! 諦めな、ここはもう警官隊に囲まれてるぜ」


 タイミングを合わせたかのように天窓の向こうに爆音を轟かせたヘリが現れた。強力なサーチライトが倉庫内に投げつけられる。

 入口からは完全武装した機動警官隊が突入してきた。ドスの効いた野太い声が飛ぶ。指揮をしているのは新堂だ。


「よーし、おとなしくしてろよ。抵抗する奴ァ容赦なくぶっ飛ばすからな! おとなしくしていた方が身の為だぜ」


 全員確保ォと新堂が叫んだときだ。

 突然あたりが強烈な光に包まれた。閃光弾だ。


「慌てるな! 今は目の前にいる連中をガッチリ押さえるんだ!」


 一瞬立ち止まった警官隊だが、ヘルメットのバイザーのおかげでほとんど影響はなく、次々と倉庫内へなだれ込んでくる。


 不意をつかれたのは檜山たちや黒服たちも同じだった。残っていた全員が一瞬視力を失い立ちすくむ。ただ一人、閃光弾を叩きつけて姿を消した添野を除いては。

 警官隊でごった返すなか、新堂は庭の方に目をやった。


 あとは頼んだぜ、真島――。

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