第45話 最終局面 その1

   * * *


「き、貴様……」


 喉元に腕を回された高元が苦しげに呻いた。

 まわりの黒服たちに向かって檜山が叫ぶ。


「手を頭の上に乗せてゆっくり下がるんだ!」

「貴様、何者だ!」


 片腕の黒服が叫んだ。

賞金稼ぎバウンティハンターだ」


 黒服たちから目を離さずに檜山が答えた。


「高元さん、あんたには賞金がかかってる。おとなしくしてれば手荒なことはしない」

「ハイエナ風情が!」


 檜山は高元の言葉を無視してまわりに向かってもう一度叫んだ。


「聞こえなかったの? ゆっくり下がれって言ったんだよ!」


 しかし彼らはその場を動かない。

 黒服の中でも一番目つきの鋭い男が薄く笑った。添野だ。いつ取り出したのか、その手には拳銃が握られている。


「ちょっと、そこの人――」


 檜山の言葉を遮るように、銃口が火を吹いた。


「グハッァ」


 ひしゃげた声が洩れる。締め上げていた高元の身体から軽い衝撃が伝わってきた。その左胸が真っ赤に滲んでいく。


「な、何を――」


 檜山の言葉はまたしても銃声によって遮られた。

 銃弾は狙いたがわず、高元を血に染めあげる。二発目を待たず、高元は絶命していた。もはや檜山にも支えきれなくなった巨体がぐらりと崩れ落ちた。


「さあ、人質はいなくなった。どうする、賞金稼ぎバウンティハンター


 檜山にはまだ目の前で起こっていることが理解できなかった。


 いったい何がどうなってるんだ――。


 檜山はこの家の主である高元を人質にした。

 頭を押さえれば下の者は下手な抵抗はできないと思ったからだ。しかし、その高元は撃ち殺されてしまった。撃ったのは彼の部下である。


 なぜ高元を撃った? 

 それはわからない。事態は檜山の理解を超えている。

 ひとつだけはっきりしているのは、檜山が絶対的な危機に直面しているということだった。

 視界の隅にいた恵理子に目をやる。彼女は黒服たちのやや後方に立って、茫然とこの光景を眺めていた。


「恵理子さん……」

「父は……死んだのね……」


 恵理子はぽつりとつぶやいた。

 檜山にはかける言葉が見つからなかった。

 彼女の依頼は父を捕まえてほしいというもので、殺してほしいというものではなかったのだから。


 捕まえるはずの父は檜山の足元で横たわっていた。

 コンクリートの床の上をひたひたと血の海が広がっていく。

 うなだれる檜山の耳にかすかな笑い声が聞こえてきた。

 恵理子の声だ。恵理子が口元に手を寄せ笑っている。


「恵理子さん……」


 かろうじてそれだけ絞り出した。いきなり父の殺害現場に遭遇したのだ。正気でいろというのが無理なのかもしれない。


 しかし――。

 恵理子はこみ上げてくる笑いをこらえながら話し始めた。


「檜山さん、あなた、おめでたい人ねえ。賞金稼ぎバウンティハンターには向かなくてよ」


 そして恵理子はクククッと笑った。


「恵理子さん……まさか……」


 檜山は初めて今回の事件の、泰久殺しの首謀者が恵理子だということに気がついた。


「……最初からお父さんを殺すつもりだったのか」

「そうよ、屋敷に押し入った賊がコレクションを盗もうとしていたところを偶然居合わせた父に発見されてしまう。賊は騒がれてはまずいと父を殺害するのだけど、そのあと駆けつけた警備の者たちと撃ち合いになって射殺されるの」


 恵理子は声高に笑った。狂気さえ漂わせた笑い声――。

 そこには一週間ほど前に事務所に来たときの面影は微塵もなかった。


「これでタカモトはわたしのもの。すべてわたしのものなのね。もう、わたしを縛るものは何もないのよ! わたしは自由なのよ!」

「なるほどねぇ。それで屋敷の中が手薄になってたんだ」


 恵理子の表情が凍りついた。声は彼女のすぐ後ろから聞こえた。

 いつの間に入ってきたのか、彼女の肩越しに顔を出したのは琴美だった。背中に銃を突きつけながらうれしそうに言う。


「ホールドアップ」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る