第28話 タカモトコーポレーションの事情 その2

   13


 銃声が響いていた。

 二十メートル前方には人の形をしたターゲットボードが出ている。胸を中心に同心円状の円が広がっていて、円には小さな数字が書いてある。

 しかし、銃弾が小さな孔をあけるのは、中心の円からは大きく外れた外側のほうだけであった。


 高元の屋敷の地下にある射撃場。

 ヘッドホンをつけた外崎がなかばやけになりながら銃を乱射していた。骨折しギブスをつけた右腕ではコントロールできるはずもない。


 ここ二日で外崎はずいぶんひどい目に会った。侵入者に自慢の左腕をへし折られ、昨日は主人からは激しい叱責を浴びた。そのうえ折られた腕は来週にならなければ直らないという。

 屋敷中の酒を飲んで何もかも忘れてしまいたいところだったが、それでまた文句を言われるのはごめんだった。

 溜まった鬱憤を晴らすつもりだった射撃は思うように弾が当たらず、苛立ちは膨れるばかりだ。


「くそっ!」


 片腕なので弾を込めるのももどかしい。

 不意に、となりのターゲットボードの真ん中に小さな孔があいた。

 ヘッドホンを外して仕切りの向こうをのぞく。


「添野さん……」


 彼ら黒服のリーダーでもあり、警備責任者でもある添野が立っていた。


「外崎、そう焦るな」


 変わらない冷めた目ではあったが、出てきた言葉は、目ほどは冷たくなかった。


「はい……ただ、どうにも気が立ってしょうがないもので……」


 添野はそれには答えず、弾を込め直すと、消音用のヘッドホンもつけずに手元のスイッチを押した。外崎はあわてて耳をふさごうとしたが、右の耳しかふさげなかった。

 新しいターゲットボードが現れる。瞬間、銃声が連続して鳴り響いた。

 真ん中の十点のところに四発、十点と九点の線のあいだに二発の孔が空いていた。


   * * *


 恵理子は屋敷の中でも食堂がいちばん嫌いだ。


 広い空間、中央の十人は座れるであろう長いテーブルには真っ白いテーブルクロスが敷かれ、緻密な飾りが施された銀色の蝋燭立てが乗っている。高い天井には煌びやかなシャンデリアが浮かんでいる。

 親子二人で食べるにはあまりにも広く、冷たい空間だ。父の泰久がいないときは一人である。家政婦に見られながら一人で食べる食事には味などなかった。


 恵理子は食事を終えると、早々に自室に戻った。

 できれば食事も自室で取りたいのだが、食堂で取ることになっている。

 気持ちを切り替えて携帯端末スマートフォンを手に取ると、アドレスから連絡先を探す。

 コール音が数回鳴り、相手が出た。


「真島探偵事務所です」


 電話に出たのは檜山という青年だった。

 檜山から依頼を受けるという連絡があったのは恵理子が訪問した翌日であった。真島は二、三日考えさせてくれと言っていたが、リアクションは思いのほか早かった。

 てっきり決断を引き延ばして依頼料を吊り上げるつもりなのかとも思ったが、意外に良心的なのかもしれない。


「――ええ……そうですか。屋敷の見取り図はスキャンしてそちらの端末に送ります。庭の警備の配置図もあわせて」


 携帯端末スマートフォンを操作し、スケジュール帳に目を落とす。


「それと、屋敷の中には警備の者たちが十四名おります。大変申しわけないのですが、わたくしの力で彼らを排除することはできそうにありません」


 黒いスーツで統一した彼らは二十四時間体制で屋敷を警備している。今回の計画における最大の障害になることは間違いない。電話の向こうの檜山はそれも含めて引き受けていますからと快活に言った。


「……そう言ってもらうと助かります。彼らは訓練された者たちです。十分注意してください」

「任せてください」

「檜山さん。引き受けていただいて本当にありがとうございます」


 恵理子は受話器を持ちながら頭を下げ、それではよろしくお願いしますと言って通話を終えた。

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