第25話 真島探偵事務所 その7

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「父、って……お父さんのこと?」

「何、当たり前のこと聞いてんですか、真島さん!」

「うっせえなあ、檜山。確認だよ、確認」


 文句を言い終わると真島は恵理子に向き直った。


「で、一体どういうことですか?」


 恵理子は伏し目がちに話し始めた。


「家の恥を申し上げるようで情けないのですが……わたくしの家は、ご存知かもしれませんが、タカモトコーポレーションと言いまして、父はそこの四代目の社長です。主に車の輸入販売をしております」

「知ってるよ。車のタカモトっていやあ、結構名の知れた輸入業者だ」

「実は扱っているのは車だけではないのです」


 彼女はそこで一度言葉を切った。


「――七、八年前から美術品も扱い始めまして」

「ふうん。そいつは知らなかったな」


 知らなくて当然だった。恵理子の話では、美術品は特定の顧客にしか売買していないのだそうだ。


 彼女の父、泰久がおかしくなり始めたのは、その美術品の売買をはじめたあたりかららしい。それまでは車一筋でやってきて、美術品などまるで興味がなかったのだが、美術品の取引は車とは比べものにならないほどの利益を生んだ。うまくすれば一度の取引で今までの一月分以上の利益が転がり込んできたのだ。

 一度味を占めれば深みにはまるのは早い。

 今ではほとんどが美術品の取引になっているらしい。


 ドアがノックされた。

 深雪がコーヒーを持ってきてくれたようだ。深雪はコーヒーを置くとすぐに降りていった。

 檜山がコーヒーにミルクを入れながら訊く。


「でもそれなら扱う物が車から美術品に変わったって話で、別に困ったことじゃないんじゃないですか?」

「あせるなよ、檜山。ここからが本題なんじゃねえか。そうでしょ、恵理子さん」


 はい、と彼女はうなずいて話を続けた。

 取引している美術品が盗品だというのだ。

 全部というわけではないのだが、美術館などで盗難にあったものが取引に使われているらしい。泰久自身も美術品を集めているという。

 琴美の狙いはおそらくそれなのだろう。

 話は美術品だけではなかった。


「武器……ですか」

「はい。最近父は武器の密売を始めたようなのです」

「言われてみれば、最近のテロ事件なんかでも欧米の最新式が使われてるケースがありますね」

「もうこれ以上、父がそんなことに荷担しているのを見てられないんです。美術品のときはそれでも何とか我慢していました。でも武器は人を殺す道具です。父の売った武器で誰かが死んだりすること思うと……わたくしは何度も父に言いました。そんなものまで扱って儲けなければならないの、と。でも……聞き入れてはもらえませんでした」


 それはそうだろう。ここまできてもう辞めようなんてお人好しはいない。


「……もうわたくしには父を止めることはできません」

「それで僕たちにお父さんを止めてくれと」


 檜山の問いかけに恵理子は大きくうなずいた。その目にうっすらと涙が滲んでいる。


「実の父に賞金をかけ、捕らえてもらうなど、人の道に反していることは重々承知しております。でもわたくしには……わたくしにはもうこれしか残されていないんです!」


 最後のほうは叫び声に近かった。

 ずいぶん悩んだ末の選択なのだろう。恵理子は失礼、とハンカチを取り出し目元を押さえた。恵理子の落ち着くのを待って真島が切り出した。


「恵理子さん、話はよくわかりました。ひとつ、質問していいかなあ」

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