第24話 彷徨うサムライ その1

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「どうだ、菊麻呂きくまろ


 青年は連れていた柴犬に訊いてみた。もうこの場所に五分も立ち往生している。

 菊麻呂は道端でくんくん鼻を鳴らしているばかりで、動く気配はいっこうになさそうだ。


「……やれやれ」


 大きなため息をついて青年は辺りを見まわした。

 信州の奥から出てきたのはいいものの、久しぶりにやってきた帝都東京は以前と比べものにならないほど変わっていた。道ですれちがう人々も、珍しいものでも見るような顔で眺めていく。

 菊麻呂はどこにでもいる柴犬であるから、見られているのは青年のほうだ。


 それもしょうがないか――。

 と、彼、八波京志やなみ きょうしは思う。

 今までずいぶん歩きまわったが、彼のように着物を着て歩いている人がいないのだ。女性は何人か見かけたが、男性は皆無といっていい。せいぜい、駅のそばで托鉢たくはつをしているお坊さまぐらいである。

 腰の刀も目を引くようだ。


 どうやらこの調子では今日も会えぬようだな――。


 八波は人を探していた。

 彼と会えないようならば、今日もどこか寺を探して一晩泊めてもらうしかない。しかし、これだけの人の中から特定の人物を探そうというのに、頼みの綱が愛犬の鼻ひとつというのは何とも心細い話である。


「お――」


 菊麻呂が動きはじめた。なにか嗅ぎ付けたらしい。

 しばらく歩いた菊麻呂は一軒の家の前で立ち止まり、中に向かって吠えはじめた。

 それに答えるように中からも犬の鳴き声が聞こえてくる。


「菊麻呂……どうせそんなところだろうと思った……お前、そろそろ本気を出してもらわねば切腹してもらうぞ」


 なおも吠える菊麻呂を引きはがすように歩きはじめると、八波は雲を眺めながらぽつりとつぶやいた。


「善次郎、一体どこにいるのだ……」

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