東日本の蕎麦つゆみたいに濃い黒を塗りたくった夜に

六畳のえる

人形を交換してみれば

「やほ、ひさしぶりじゃん」

「おう、ひさしぶり」


 東日本の蕎麦つゆみたいに濃い黒を塗りたくった夜に、濃いイルミネーションが輝く12月の東京駅で、マルちゃんが南口改札を出て走ってきた。


 花金の夜らしく、大勢の人で百貨店が賑わっている。


「スイさん、今帰ってきたの?」

「そうだよ。名古屋からは新幹線は近いように見えてやっぱり遠いぜ」


 俺、東陽とうようみどりが仕事で名古屋支社に転勤になって、早や9ヶ月。ゴルフなどの付き合いもあり、交通費もバカにならず、付き合ってる彼女に会えるのも2ヶ月ぶりだ。

 翠を音読みした「スイさん」と面と向かって呼ばれるのも、随分久々な気がして嬉しい。



「そうだ、クリスマスプレゼントはちゃんとしたものあげるけど、ちゃんと買ってきたぞ」

「わっ、やった! スイさん、さすが!」


 マルちゃんは手を叩いて軽く飛び跳ねる。人形が好きな彼女に、向こうで見つけた可愛い人形を毎回渡すのが、2人の不文律のルールだった。


「スイさん、今回はLINEで『想いを色に込めた』って言ってたもんね」

「ああ、結構真剣に選んだぞ」


 その言葉を聞いたマルちゃんは「へへっ、私も同じように色に込めてみたんだよー」と手提げのバッグにちらと視線を落とした。いつものように、彼女も何か用意してくれたらしい。


 期待に胸を膨らませながら、俺は帰京用の大きな鞄から、透明なビニールに包まれた人形を取り出した。



「じゃあまずは俺から。はい、これ。たぬき好きだったよな?」

「あ、すごい、かわいい!」


 みどりのたぬきのぬいぐるみをマルちゃんに渡すと、彼女は大事そうにそれを抱きしめる。


 緑色。「遠恋にも慣れたし、ずっと一緒に付き合っていけるよ」という想いを、信号機の色に重ねてこの人形に込めた。ネタ晴らしが楽しみだ。


「私からは……はい、これ。きつね好きだったでしょ?」

「あ、え……」


 俺は思わず言葉を失う。


 マルちゃんがくれたのは、目覚まし時計くらいの大きさの、赤いきつねのぬいぐるみだった。


 赤。信号では止まれ。笑顔で渡してくれたけど、ギブアップの宣言ということだろうか。


 目のまえが真っ暗になっていく。浮かれていた自分が恥ずかしい。穴があったら入りたい。お揚げがあったら挟まれたい。


「どした? 机に飾れるのがいいなと思ってそんな大きなのにはしなかったけど」

「う、うん。そっか……」


 彼女への手紙までかき揚げ、否、書き上げていたのに。体中の体温が下がっていくような気分。


「ねえ、スイさん、ホントにどしたの? さっきから黙ってるけど」


 マルちゃんが俺の顔を覗き込む。言おうかどうか迷ったけど、ここでこっちから切り出さないと彼氏としてはダメな気がして、俺はごくんと唾を飲みこんでから口を開いた。


「ぬいぐるみ、赤いのくれただろ。俺は『マルちゃんとずっと一緒にやっていけるよ』って意味で、信号機の緑色の人形贈ったから、その逆の赤信号なのかなって……」

「え……?」


 瞬間、マルちゃんは驚いたように目を見開いた。


「だから、俺から別れを切り出した方がいいんだろうなって思ったけど、うまく言い出せなくてさ」

「ちょ、ちょっと待ってよ。違うよ! ほら、ちゃんと見てよ!」


 ぬいぐるみをよく見てみる。俺が送ったものと違って、毛糸で丁寧に編まれていた。


「赤い糸だなって、思ったからさ……」


 ぬいぐるみと同じくらいに顔を真っ赤にしたマルちゃんが、堪らなく愛おしく思えた。


「そういう意味だったんだね、スイさんの『みどり』とかけて、いつでもそばに置いておいて、ってことかと思ったよ」

「ああ、そこまで考えてなかったな」



 2人で笑う。どんな解釈でもいい。この関係が麺みたいに長く続けば、それでいい。



「ずっと一緒にいるよ」


 不意に口にした俺に、マルちゃんはびっくりしたようにこっちを向く。


 やがて、小首を傾げて少しいじわるに微笑み、俺の想いを確かめるように訊いてきた。


「そばに?」

「うん、もうどんなに離れてても」


 マルちゃんはイシシと、楽しそうに歯を零す。

 ちょうど目の前の横断歩道も、青になった。


「よし、寒くなってきた。何か食べようぜ」

「うん、行こう行こう!」


 手を繋ぎ、温かい夕飯を探して街を歩きだした。

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東日本の蕎麦つゆみたいに濃い黒を塗りたくった夜に 六畳のえる @rokujo_noel

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