Lesson.20

「あたしさ、美咲のことが好きだよ。」

 静かな部屋の中に響いた紗月の声。躊躇わずに言ったつもりだが、やはり少し声が震えていたし、普段に比べれば若干声が小さい。

 小さいと言っても聞き取れないほどでない。


 美咲はえ?と呟きを洩らす。手をゆるゆると口元に運び、何度も何度も瞬きを繰り返した。

「美咲は気持ち悪いって思うかもしれないんだけど、あたしは美咲の恋人になりたいなって思ってる。友達よりも、もっともっと………一番の、唯一のっていうか…。」

 言葉が出ない美咲を置いてけぼりにして、思いのたけをぶちまけた。どう表現するのがいいのか分からないけど、とにかく今思っていることを全部。

 かなりかっこ悪いし、まとまりだってない。でもそれはいつものことと言いきってしまえる。だから、言葉を続けた。


「あたし何かじゃ美咲の隣に釣り合わないかもしれないけど………でも!………あたしがさ、色々身の回りのことを変え始めたときあったでしょ?あれはさ、美咲に釣り合うような女子になりたかったからなの。前聞かれた時、本人の目の前で言うのが恥ずかしくて言えなかった。でも、美咲のためだったの……!」

 

 言葉をあれこれ尽くしている間、美咲は一度も口を挟まない。あり得ない、気持ち悪い、考えられない……脳裏に過る様々な拒絶の言葉に紗月は身を固くする。

 そんな想像をしたら途端に彼女の顔を見られなくなり、そこで言葉を切って思わず俯いた。


「ね、ねぇ紗月、それ、ぜんぶほんとのこと?」

 しばしの間走った沈黙。それを破ったのはそんな美咲の一言。両目からは大粒の涙が沢山零れ、口元を抑えていた手は震えていた。

 初めて見るような美咲のそんな姿に、驚きを感じながらも紗月は何回か頷く。


「この間も言ったと思うけど、私紗月のことが好きで……たくさん、お節介も焼いたし余計なこともしちゃったと思うの。この間、黒田さんとコスメを買いに行ったときもそう。心配が先走って、口うるさく言っちゃった。私は紗月の保護者でもないのに。」

 肩を震わせながらそう言う弱々しい姿に、何と声を掛けるべきかと悩んだ。


「紗月のこと押さえつけてばっかりで、こんな私が紗月ともっと一緒に居たいって言うのは駄目だと思ったの。だから、離れなきゃって。きっと黒田さんとか、部活のお友達とかと一緒にいる方がいいって。

でも、紗月がいいって言うなら。こんな私でもいいっていうなら、恋人にしてほしい。」

 そう言って顔を上げた美咲。今日部屋に入ってからきちんと正面から見た彼女の顔は、言葉では表せない程に綺麗だった。

 

「あたしだって……美咲に比べたら足りないことだらけだし、これからも迷惑いっぱいかけちゃうと思うけど………!」

 そう言いながら紗月は自分の目頭が熱くなっていることを自覚していた。視界がぐしゃぐしゃに歪んで、頬を涙が零れ落ちる。


 なんて言葉を続けたらいいんだろう、といっぱいになっている頭で考える。こっぴどく関係が断絶するんだろうと思っていた分、今のシチュエーションと想定の落差にまだ理解が追いついていない。


 すると体全体が暖かくて柔らかいものに包まれる。え、と目を瞬かせると美咲が抱き着いていた。

 ぎゅう、と強く強く抱きしめられる。鼻腔をくすぐるシャンプーの甘い匂い。安心する腕の感触に、耳元で聞こえる彼女の息遣い。


「ごめん、らしくないとこ見せちゃって、ちょっと恥ずかしい。」

 そう拗ねたような声音の美咲。表情は見えないが、きっと涙をこぼしているんだろうしその顔は綺麗なんだと思う。


 でも見られることを望んでいないなら…とそのまま紗月も腕を回した。存在を確かめるように、腕に力を籠める。腕から華奢な背中の感触が伝わり、その細さに驚いた。


「ねぇ美咲?」

「なぁに?」

 抱きしめ合っている為必然なのだが、耳元で囁かれる声に肩が跳ねる。そんな紗月を見て、美咲はどこか楽しそうに嘆息する。


「明日から、今まで通りに一緒に過ごしてくれる?」

「そんなの、嫌に決まってるでしょ?」

 先程迄のムードはどこへやら、声のトーンを下げた美咲に胸がざわつく。全部嘘だったのか、なんて疑問が頭を駆け巡った。


 しかしそれもつかの間、笑いながら

「だってさ、今から私達は恋人なんだよ?今までとはそりゃ違うよ。」

 そんなくすぐったいことを言われ、顔に熱が集まるのを感じる。もう!と言いながら唇を尖らせるが、美咲にはきっと見えていないだろう。

 

「それじゃこれからは、恋人としてよろしくってことで………?」

 改めて『恋人』というと恥ずかしくなってきて尻すぼみになる。そんなようすすら楽しそうな美咲は腕を解く。

「じゃあ手始めに、目閉じてもらえるかな?」

 後ろ手に手を組み、そう悪戯っぽく微笑む。まだ涙の後が残っていたけれど、それに負けないくらい笑顔が輝いている。


 突然の言葉に若干戸惑いもしたが、変なことはしないだろうと目を閉じる。

 少しの衣擦れの音と、人が近づく気配に反射的に体が強張る。

 その直後、唇に何か柔らかいものが触れる感覚がして、気配も遠ざかっていく。

 パッと目を開けると、顔を真っ赤にした美咲が笑っている。この数秒間に起きたことを思い直し、何度考えても覆らない事実に紗月も顔を真っ赤にする。


「明日からは、こういうことで、ね?」

 と子供に言い聞かせるような優しい声音で、まるで何事もなかったかのように続ける美咲。

 やっぱり美咲には適わないなぁ、なんて思いながら紗月は再度彼女に抱き着いた。


「ほんとに美咲のそういうとこ、ずるいと思う!」

 でもそういうところが好きなんだよ、と声には出さずに続ける。

 くすぐったそうに笑う美咲は、抱き着かれた姿勢のままベッドに座る。急激な上下移動に対応しきれずに紗月がバランスを崩し、結果的に二人ともベッドに倒れ込む形となった。

 それがどこか間抜けていて、どちらからともなく笑い声が飛び出した。今までよりもちょっと縮まった距離感で声を上げて笑い合う。

 

 

 そろそろ夕飯の時間だからと名残惜しそうに美咲に言われ、部屋を後にすることとなる。

 欲を言えば、欠けた一か月分もっと一緒に居たかったがそうもいかない。明日からはじまる新たな日常に期待を馳せながら、門扉まで出てきてくれた美咲に手を振って自室に帰るのだった。



(了)

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