第29話 ~語~

僕は野良だ


好きに歩く

好きに懐く


僕は珍しく

とことこと遠出して

人のいっぱいいる

駅の前に来た


なんとなくイライラしたから

不味そうなねずみを取って

商店街のみんなを驚かそう

そう思ってきたんだ


アスファルトに

忙しい人の足ばかり

味気のないビルの隙間に

ねずみを探して入っていった


狭くて臭いそこには

ねずみがチョロチョロと

我が物顔で走り抜ける

僕は狩りの本能を解放した


1匹、2匹と追いかけて

いたぶって弱らせる

そろそろ仕留められるかな

そう思って爪を振り上げる


「汚いから駄目ですよ」


爪を振り上げたまま

僕は何者かに抱き上げられた


ちょっとー!誰!

もう少しだったのに!

邪魔しないでよ!


僕はバタバタと暴れて

何者かの手を振りほどいた

ぷんぷんと怒りながら

抱き上げた手にパンチした


「おっと、猫パンチですか?」

「暴力はやめてくださいね」


声のする上の方を見ると

メガネをかけて

スーツを着た男の人がいた


ニコニコと笑いながら

僕の猫パンチを

楽しそうに受けた


うう… 喜んでるぅ…

なにこの人ぉ…


「こんな所のねずみは汚いですから」

「衛生上、あなたに良くないですよ?」


野良猫の僕に敬語を使ってる…

変な人間だなぁ…

妙な感じだなぁ…


ジリジリと後ずさりながら

僕は逃げようとした


「あ、そっちは、あぶな…」


がしゃーん!


積み上がっているごみの山に

着地したことも忘れて

逃げようとした僕は

見事にひっかかって転げた


ええ… 僕、転がった?

ああ… もう…

僕ももうトシなんだぁ…

猫失格だよぉ…


ショックで固まっている僕を

メガネスーツさんは見下ろした


「だから危ないって言ったじゃないですか」


そう言って、僕を抱き上げて

ビルを抜けて広いところで

降ろしてくれた


落ち込んで、ぶすっとしてる僕に

中腰で語りかけてきた


「獲物を追いかけるのは猫の仕事ですが」

「ちゃんと周りをみてくださいね」

「いくら猫の身体能力が高いとはいえ」

「あなたは傷つけば死ぬ生き物なんですよ」


あ、はい

えっと、はい

なんか、すいません


僕、あれ?

人間に諭されてる?


だんだんと耳を伏せて

うつむいて尻尾を丸めて

しょぼんとしてる僕に

メガネスーツさんは更に語る


「ただ、あなたのような猫が頑張ってると」

「私も頑張ろうと思えますよ」


メガネスーツさんは

僕をまた抱き上げた


戦意喪失した僕は

されるがままにダランとした


コンビニの前に着くと

メガネスーツさんは

僕をそこに下ろした


「ここで待てるなら、待っててください」


そう言ってコンビニの中に

ツカツカと入っていった


逃げようかなとも思ったけど

なんとなく動きたくなくて

メガネスーツさんの言う通り

大人しく丸くなった


すぐにメガネスーツさんは

コンビニから出てきた

何かを入れた袋を

ガサガサとさせている


「ちゃんといらっしゃいましたね」

「人の少ない所へ行きましょう」


また僕は抱き上げられて

体をだらーんとさせた

ニコニコしているメガネスーツさんと

虚無の顔をしている僕


歩いている周りの人達が

奇異の目で僕らをみている


うう…

なにさ、この人ぉ…

行動が読めないよぉ…

なにするんだよぉ…


駅前の丸いベンチに

メガネスーツさんは座って

僕を横におろした


コンビニの袋をあけて

細長いパウチを取り出した

端を切って中身を少し出して

僕の口元に近づけた


「狩りの邪魔をしたので」

「これはお詫びですよ」


美味しそうな匂いのそれに

僕は負けて、チロっと舐めた

美味しすぎたそれに目を丸くして

僕は必死で食べてしまった


「美味しいですか?」


美味しいよー!

嬉しいよー!


僕は口元をペロッとしながら

ひと鳴きして返事した


「お気に召した様子ですね」

「良かったです」


僕の体をなでなでしながら

メガネスーツさんはニコニコした


「まあ、終わり良ければ全て良しですよ」


人間は小難しい事を言うけど

とりあえず分かるのは

メガネスーツさんは

なんか良いやつだ!


僕は黒猫だ


狭い隙間に潜むのに

引っ張り出してくる人もいる

僕はそこにいたいのに


でも気遣ってくれるのなら


それはそれで

なんか嬉しいな

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