数年ぶりの猛特訓
ショートとフリーの振り付けもすっかり頭に入り、7級を受けるため毎日通し練習をするようになった。
バッジテストのための練習は着々と進んでいくが、リリィにはどうしても跳べないトリプルジャンプがあった。
それはループ。
ダブルでは跳べるが、トリプルでは跳べなかった。
まだまだ苦手ではあるが、ルッツの方が跳べるくらい。
どうしたものかと安村コーチに相談をしたところ、返ってきた返答は
「柚ちゃんに聞けばいいじゃない」
そう言われる通り、柚樹の最も得意なジャンプはループ。
どの程度得意か、と言われると全てのジャンプのセカンドに付けられるほど。
昨シーズンはジュニアの課題である単独ジャンプがループだったため、コンビネーションはトウループにしてフリーにのみトリプルルッツ+トリプルループをプログラムに入れていたが、今シーズンはショートからセカンドループを入れることにしている。
確実に昨シーズンより点数を伸ばすだろう。
そんな柚樹のトリプルループを練習で毎日見ているが、何度見てもわけが分からない。
だが、コーチの言う通り聞けば分かるかもしれない。
そう思ったリリィは黄昏スケートリンクの入口で柚樹を待ち伏せし、入ってきた瞬間飛び付いた。
「柚ちゃーーん!!」
「うわなんだ気持ち悪っ、抱きついてくんなよ!」
第一声で罵声を浴びせられたが、柚樹は別にリリィを振りほどこうとはしなかった。
背後から見ていたクラブ員が揃って爆笑している。
「リリィ、せめてゆっくり抱きつけ。柚ちゃんが折れる」
「馬鹿野郎、俺を貧弱みたいに言うな!」
銀河の言葉に柚樹が吠える。
柚樹は筋肉が付きにくい体質なのか、他の同年代のスケーターに比べて華奢に見える。
体重も減りやすく、かなり細いことを気にしている。
「リリィ一人じゃ折れないってよ。良かったなリリィ、そこまで重くないってさ」
「銀ちゃんアンタ女の子に喧嘩売るの得意ね、リリィは怒らないかもだけど?」
と聖子が苦い顔をして言う。
「ねーねー柚ちゃん、あたしもぶら下がっていーい?」
とまちが近寄る。
「まあ、別にいいけど...」
と言うとまちはお構いなく、まるでコアラが木にしがみつくように柚樹にへばりついた。
「...で、リリィは一体なんなんだよ」
と張り付いているまちを気にした様子はなく、柚樹はリリィに目を向けた。
「柚ちゃん様、わたくしはトリプルループが飛べない侍と申しまする。そなたの美しくて正確なトリプルループを見てぜひ教えていただきたいと申し上げまする」
と言うと今度は冷生が少し離れたところでツボり、そしてむせていた。
聖子がその背中をそっとさする。
「なんだよ柚ちゃん様って意味分からん…俺コーチじゃないからそんな的確な教え方出来ないよ」
「でも柚ちゃんのループが一番綺麗だもんな。俺も真似したいけどまだできねーや」
と銀河は言う。
「………一回だけだかんな」
そう言うと、柚樹は氷に乗るための準備を始めた。
さて、こうして氷の上に乗ったわけだが。
「とりあえず助走滑るからペアみたいについてこいよ」
「分かった」
と言われた通りに滑る。
しかし、すぐに差が開いた。
柚樹の滑るスピードに追いつけない。
「ただのバッククロスでなんでついてこれねーんだよ!?俺が男子だから、とかじゃねーだろ」
と柚樹が声を上げる。
結局そこから何度も柚樹のスケーティングについて行くばかりで、一度もジャンプが跳べない。
最終的に
「だからこうだってば」
と柚樹が滑った末に見本にトリプルループを跳ぼうとしたが、なんとパンクした。
パンクとはジャンプを跳んだものの、適切に回転が出来ない失敗のことだ。
「ッ、なんか俺が跳べんくなったぁ!」
「柚ちゃん、冷静になって!イライラしないで!!」
「もうやだ!」
と言いながら柚樹は、リンクのフェンスに顔を突っ伏してしまった。
「なんでエッジジャンプなのにエッジにすらまともに乗れてねぇんだよ!」
それを言われた瞬間、安村コーチが何か言いたげな笑顔になった。
その顔を見て背に寒気が走る。
「リリィちゃん、思い出してご覧?あなたが大っ嫌いな練習......バッククロスでリンク20週してきなさい」
そういうことだ。いつまで経っても成長しないのはやはり、なにかしらの練習がきちんと出来ていない事によるものだ。
安村コーチにはほぼ諦められていたのだろう。
むしろ今までよく、もうやめちゃえば?等と言われなかったものだ。
「この前誠実に練習してるって言ってくれたじゃん!」
「毎日来て悩んで自分なりに改善点を見つけようと努力している面はね。でもあなた私が言った練習メニューたまに抜かすでしょ」
ぐうの音も出なかった。たしかに毎日改善点を探してはいるが、探しすぎて頭がいっぱいになってリンクのド真ん中で固まっていることが多かった。
体力が尽きてふらふらになってきているが、そこで安村コーチが
「はい!柚ちゃんに言われたこと思い出してジャンプ!」
とさらに追い打ちを掛ける。
跳べるわけがなかった。体が一瞬ねじれてそのまま氷に叩きつけられた。
「わー、大惨事」
と、まちの声が聞こえた。
一体いつぶりかと言われるくらい練習中一度も休まずに動いたおかげで、翌日まで響くことになるのだった。
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