プログラム作り 2
黄昏スケートリンクへ足を踏み入れ、真っ先にリンクサイドで待つ安村コーチの元へ向かった。
「先生、ショートの曲決めたよ。リベルタンゴやりたい」
「リベルタンゴ?いいけど...リリィちゃんが自分から言うって珍しい」
そう言うと安村コーチはすぐに「どのタイプのリベルタンゴがいいの?」とノートパソコンを開きながら聞く。
具体的に言うのは少し恥ずかしかったが、やはり誰もがイメージしやすいであろう例を言う。
「神崎勇さんが使ってたタイプの...」
「ありがとう探しやすいわ」
そう言いながらパソコンで検索する。
「リリィちゃんリベルタンゴか、合うと思うよ」
と冷生が言う。
言ってくれていることは凄く嬉しいし励みになるのだが.......
「あの、あのさぁ...冷生くん...背後の気配にお気付きで?」
冷生は笑顔のまま「ん?」と言っているが、リリィからは見えている。
完全に表情を消し、立ち尽くす聖子の姿が。
一方リリィの後ろでは銀河とまちが大笑いしていた。
聖子は冷生がまちに話しかけてもなんとも思わないようだが、リリィには話しかけないで欲しいらしい。
「聖子ちゃん?聖子ちゃんがいちばん綺麗に決まってるじゃない」
と冷生が言えば、聖子の表情がまた戻り嬉しそうに冷生に近寄る。
今更どうとも思わないが、毎回このやり取りを見せられる身にもなって欲しいものだ。
そんな事をしていると、しばらくパソコンに集中していた安村コーチが声を上げた。
「ああ見つけた...よかった、神崎さんが使ってくれたおかげで探すのが大変じゃなくて。 マイナー曲やりたいとか言われた日にはCDショップ何件も回る羽目になるんだから」
「優香ちゃんが一緒に行かされるって文句言ってた...」
優香とは安村コーチの娘で、ソルトレイクシティオリンピックが開催された年に生まれた小学三年生。
まだ本格的な指導は受けていなかったが、この4月末に誕生日を迎えたら母親である安村コーチが本格的に教えると言っているのを聞いた。
それが本当なら5月には優香と共に滑っていることになる。
優香はまだ三年生ということもあるが、既に複数のダブルジャンプを跳んでいる。
そしてなにより彼女の動きには既にキレがある。
また凄いのと滑ることになると考えると気が遠くなったような気がした。
リベルタンゴがやりたいと言った翌日、安村コーチは暫定としてもう編曲したものを持ってきた。
「流石に神崎さんと全く同じものにしたら神崎さんの曲だってすぐにバレちゃうからいくつか改変は加えたけど」
神崎はピアソラのほぼ原曲に近いものを通したプログラムだった。
原曲はアウトロに相当するものがなく、その気になれば永遠に演奏される聞けばずっと同じリズムの曲だが、神崎の振りに同じ動きは無く飽きさせることが無かった。
しかし残念ながら今のリリィが神崎と同じ曲を滑れば確実に誰かからは良くて「神崎選手と同じ」と言われ、相手が嫌な奴だと「神崎選手の劣化版」と言われかねない。
前半は神崎と同じもの、そして後半はアウトロをアレンジに加えたものが合体した曲となっていた。
リベルタンゴは直訳で自由なタンゴというだけあって、アレンジも無数に存在している。
「これでいい?気に入らなかったら…」
「うん、いいよ先生。これで滑りたい」
「一旦振り付けてみて、また調整しようか」
何はともあれ6級を取って以来のショートプログラムだ。
新しいプログラムが二つも持てることが嬉しくて跳ねるように氷に上がった。
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