努力と生まれ持ったもの

その日のニュースのスポーツは全て世界ジュニアで五十嵐誠也が優勝し、高村柚樹も4位に入ったという事だった。


スケートリンクの休憩室のテレビでそれを見た銀河は


「あ、誠也くん優勝したんだ。柚ちゃんも4位ってすげーな」


と横に座っているリリィに話しかけた。


「銀ちゃん家でテレビ見てないの?」

「んー...見てない。だって、誠也くんお兄ちゃんのことばっか聞かれててさ...嫌そうなのにずっと聞かれてて可哀想だし...ほら」


と誠也がインタビューされている映像が映し出される。


「おかしいよな、誠也くんもすごいのに。お兄ちゃんのおかげで凄くなってるみたいに言うじゃん」


とテーブルに足を乗せ、ぼんやり呟く銀河。

リリィも何かを言おうとした瞬間


「銀ちゃん、テーブルに足乗せちゃダメって言ってるでしょ!」


と安村先生の声がして、銀河は慌てて足を下ろした。


「先生ごっめーん!なんかちょっとムカついてて!」


と言ってテレビを消し、休憩室を出た。


銀河の言ったことが脳内に駆け巡る。


世間は優秀な遺伝子を持ったスケートの天才のような印象を誠也に抱いているのだろう。


しかしフィギュアスケート、それもシングルは個人競技である。

結局は選手一人が自力で頑張らないと結果はついてこないのだ。


彼に対するインタビューは、その本人の今までの努力を完全に無視した失礼なものだと。


「...自動的に、はありえない......」


それはスケーターの間では共通認識だ。


どんな才能があったって、なにもせず自動的にトップに立つことはありえない。

しかしそれはなにもスケートに限った話ではない。


しかし、リリィは時折この考えが揺れる時があった。


「っしゃ!跳べた!!」


と氷の上でガッツポーズをしながら叫ぶ銀河。


一週間ほど前から、柚樹が跳ぶトリプルルッツ+トリプルループのコンビネーションジャンプを自身も習得しようとしていた。


そして今、三回連続でそのジャンプを綺麗に着氷した。


銀河には、生まれ持った高い身体能力がある。

銀河がいつ全種類のトリプルを取得したかなんて覚えていない。

気付いたら出来ていた、という感じだった。


その直後、一つ下で背の低いまちがトリプルフリップを跳ぶ。

その飛距離は身一つで、リンクの半分は行ったんじゃないかと思うほどだ。

背が低いのにあの跳躍力、一体どこにあるんだろう。

それもまた生まれ持ったものじゃないかと思う。


冷生はリンクの外でビールマンポジションをとって柔軟をしている。

あの柔軟性こそまさしく生まれ持ったもの。体質だと冷生も言っていた。


その冷生のそばで同じく柔軟をやる聖子はもうただそれだけで綺麗だった。地味な真っ黒の練習着に髪型も特に凝ってはいない。

しかし体の線が細くて長く、何気ない動きも美しい。


この綺麗な動きを持つのは努力かもしれないが、綺麗な外見は生まれ持ったものであろう。


「なんにもない、なんにもないや」


リリィは自身の手を見つめ、そう呟く。


周りのいいところに目がつけばつくほど、何故か惨めになっていく。

それでもまだ認めたくはない。口でそう言ってもまだ心の大半は氷にしがみついていたい思いでいっぱいだった。


それこそが、リリィにしかないものなのかもしれない。

しかし、彼女がそれに気付くことは現時点では無い。


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