第16話 大迷惑


それは突然だった。




間違えて母は私の下宿先の住所ではなく

お店の住所に大量の荷物を送ってきた!

ハムと共に!





しまった!

大迷惑だ!






ツギハギだらけのダンボールで

ガッチガチに梱包された

テレビやテレビ台やらが

お店に置かれている!






みんながジロジロとみている。

恥ずかしい。






「あー、いや、なんか母が間違えて

お店の方に送ってきたみたいで・・・」






部屋の住所を伝えなかった自分のせいだとは

言わなかった。






優子さんが言った。


「とにかく先に夕刊を配って来て!

帰って来てからみんなで運ぼう!」




「す、すんません!」




なんとも恥ずかしい限りだ。

みんなが私に届いた荷物を横目で眺めながら

出発していく。




女の子達がクスクスと笑っている。




コタツなんか最悪だ。

梱包の荷姿が、かっこ悪すぎる。




母は私の部屋にあった小さいコタツではなく

リビングにあった大きくて丸いほうのコタツを

送ってきていた。

丸くて大きな天板がニコニコと

こちらを見て笑っている。





こんな大きなチャブ台、部屋に入れたら

寝るところあるのか?




寝る度にチャブ台を壁に立て掛けている

自分の姿を思い浮かべた。




そんなこれからお世話になる荷物達が

スーパーでもらってきたであろう

ダンボールでガッチガチに包まれて

ガムテープでベッタベタに守られている。




そうか。

そうだよな。




簡単に「送ってきて」と頼んだけれど

母が自ら梱包して送ってきてくれたんだな。

重たくて大きくてさぞかし大変だったろうな。

すまん!

でも恥ずかしいぞ!






そして夕食後。

荷物を運ぶのを手伝ってくれる先輩三人が

荷物の前に集まってくれていた。






そこには

大人な細野先輩と篠原先輩は居なかった。






クールな細野先輩と

マッチョな篠ピー先輩は休みで居なかったのだ。






クール&マッチョの不在!





大丈夫なのか?

無事に終わるのか心配になった。

しかも優子さんも用事があるからと

早く帰ってしまった。






その代わりに

騒がしそうな先輩達が手伝ってくれることになった。

こちらがお騒がせした分がちゃんと返ってきている。





お三方の名前は

朝っぱらから爆音でベースを弾くチョッパー大野先輩(26)と

チリチリ・ロン毛の沢井先輩(24)と

サラサラ・ロン毛の松本先輩(19)だ。




学校を卒業しても

就職先が決まらずに

プロにもなりきれない先輩達は

ずっとこの居心地の良いお店に

居座っている。

最高齢が40歳のチラシを作っていた大西さん。




さて、沢井先輩は痩せ細っていて

その体は今にも折れそうだ。





この先輩はそういえば

食堂でご飯を食べているのを見たことがない。






話を聞くと

優子さんの美味しいご飯を食べない代わりに

その分の食費を給料に上乗せしてもらい

自炊という名のカップラーメンで節約して

浮いた分を貯金に回して

音楽の高額な機材を買うのに当てているそうだ。





メシより音楽。

音楽のPAエンジニアを目指していた。






松本先輩もロン毛だったが

サラサラのツヤツヤの髪だったので

後ろから見たら女の子と間違えそうだ。

彼はベーシストだ。

坂井と同じ音楽学校に通っている。




松本先輩はいちおう先輩だが

歳は19歳なので私より歳がひとつ下になる。

微妙な遠慮が間に挟まっているのを感じる。

後輩なのに年上というややこしい奴と

どう接すれば良いのかあぐねている感じだった。






突然、

何も気にせず我が道を行く

チョッパー大野が叫んだ。





「これアンプじゃん!

どこのアンプだ?結構デカイぞ。

ねえねえ、開けてもいい?」




「あ、はい。」




アンプの梱包だけ

背面の大きな空洞を塞いでいなかったので

アンプだと気づいたのだ。




開梱の手間が省けた。




ガサツに荒々しくダンボールを

引きちぎるチョッパー大野が

アンプに興奮していた。




私は、そのもらい物のアンプが

どこのメーカーかも分かっていなかった。

私は音楽に興味はあるが

音楽関係には興味が無かった。

メーカー名なんかはからっきし疎かった。





アンプにデカデカと

【 HIWATT 】というロゴが書いてある。




沢井先輩とチョッパー大野が

メカニックな会話をしている。

音質についてだろう。

専門用語すぎて分からない。

どんな音が出るのか気になるのだろう。




「ねえ、ちょっとギターあったよね。

弾いてみていい?」




「あ、はい。」




「シールド持ってる?」




「あります。」






好きにされるしかない私。






早速ギターをアンプに繋いだ先輩達。





キュイーンというハウリングする音で

みんなが「うわっ!」と言ったその瞬間、

チョッパー大野がギターを弾きだした。






空気が一瞬で変わった。




街の雑音や生活の音やら会話が

全て搔き消された。




上手かったのだ。





私は感動した。

口を開けたままにした。





私のもらい物のギターと

私のもらい物のアンプで

こんな音楽を奏でられるなんて。




持ち主として恥ずかしい気持ちもしたが、

練習していないのだから当然だ。




錆びたギターとアンプから

こんなCDから流れるような音が出るなんて。




ガサツで野蛮だと思っていた

チョッパー大野先輩を見る目が変わった。




楽しそうに弾いている。

左足をアンプの上に乗せて。






「スティーヴィー・レイ・ヴォーンか」

沢井先輩が言った。




「Mr.Big弾いてよ」

松本先輩が言った。






窓全開の四畳半の下宿部屋から

轟く新聞奨学生の魂。

その魂はまだ誰かの真似しかできずに

もがいている若者の、自分の未来の姿が見つからない

心の葛藤が指先からギターを通して鳴り響いていた。




これは「新聞奨学生ブルース」だ。




ギターを新聞に持ち替える時間まで

あと僅か。




神社の境内に響き渡るブリティッシュ・ロックは

しばらく続いた。






やはりカワズは飛び込んだ池の色に染まっていくのだな。





私はなんだかちょっと

ミュージシャンの仲間入りをした気がして

嬉しかった。






〜つづく〜

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