5話 分神の武那

理宝院りほういん和歌子わかこさんッスか?」


 魔導具のロックグラスをかけ直して、私は姿を現した女子高生さんに訊いたッス。


 黒髪をロングストレートにしてセーラー服を着た、いかにもお嬢様なかんじで、上品な雰囲気からもそれが本物だと感じられるッス。


 事前に受けた情報と一致するッスが、彼女、目を閉じていて背中には二枚翼の白い翼魔よくまさんがいているッスね。


「たしかに。この身体からだは和歌子のものだが、慣れない力を使ったことで本人は気を失っている。ゆえに、いま話しているのは守護神たるわれ武那タケナだ」


 大人のお姉さんのような、落ち着いた口調で答えてくれたッスが、これは声ではなく念話。


 私の頭に直接、話しかけてきてるッス。


 私もできるんでそれに合わせるッス。


「私は都市神とししんからの依頼で和歌子さんを助けに来た、野八彩のばちあやッス。いちおう元は本尊さんからの要請らしいッスが、そちらはどうされたッスか?」


「ああ、どちらも同じだ。我を信仰する者には本尊となり、理宝院家の者は意識と記憶を共有した分神ぶんしんとして各々、守護している」


「なるほど。一本の木から枝分かれした先に和歌子さんやそのご両親、親戚がいらっしゃるって感じなんッスね。じゃあ、名のっていただいたことですし、武那さんとお呼びしてよろしいッスか?」


「よかろう。それにしても我が意を汲んだうえに、見事な技の繰り出しであった。賞賛に値する」


「はは。恐縮ッス」


 まあ、褒められればふつうに嬉しいッス。


「それで、あとはこの場からの脱出だが、どうする?」


「何もなければ、このまま私が鍵神かぎしんの力を使って脱出できるッスが、和歌子さん、呪紋じゅもんを描かれているうえに翼魔さんが憑いているッス。それらを解呪、排除してからでないと再び狙われることになるッス」


「そうか。この背中のもので我は力を得たようなものだが、退けるまでには至らなんだ。それは描きものしてもしかり。野八よ、できるのか?」


「ええ、できるッス。ただ、同時にやると相克そうこくして効き目がなくなるッスから、どちらかから順番にってことになるッス。そしてその場合、後になった勢力に気づかれ襲撃されることが考えられるッス」


「ふむ」


「それで私が考えたのは、この交差空間で兵器団体寄りの場所へ行き、そこで呪紋を解呪。すると翼魔さんたちが和歌子さんに気づいて、こちらへ向かってくるでしょうが、それよりも早く憑いた翼魔さんを排除して、現実世界へ転送させるッス」


「なるほど。それならばいまここで行うよりも良いだろう。胆は、いかに早くこの翼を排除するかだな」


「そうッスね。襲撃されても、和歌子さんの脱出を最優先にして、私はそれから脱出するッス」


「その場所はどのくらいの距離にある?」


「つかんだ情報によれば、ここから八百メートルほどいったところッス。そこにあるビルの中でやれば、翼魔さんも入りづらくて時間が稼げると思うッス」


「八百メートル、か」


「どうしたッスか?」


「和歌子が気を失っているため、我が身体を動かしているわけだが、機敏に動けるわけでもなく、走ることさえままならない。そんな状態で、人型や翼のものの中をいくのは危険度が高い」


「ああ、そういうことッスか。大丈夫。ジュマの力を借りて、私が連れていくッス」


「ジュマ?」


「空間倉庫を扱う、充摩じゅうまのことッス。中に、人が滞在できる部屋もあるんで、そこにいてもらって、着いたら出てくるかんじッス」


「おお、それはいいな」


 驚いて言う武那さん。


 まあ、助ける依頼もあったことから、三人分の個室が用意してあるッス。


「いちおうそんなかんじで考えていたッスが、いいッスか?」


「いいだろう。頼むぞ、野八」


「了解ッス」


 と答えたものの、ふだん、名まえで呼ばれているんで、名字で言われるとなんか違和感を覚えるッス。


「そんじゃ早速、入ってもらうッス」


「うむ」


「ジュマ!」


 ジュマが言うと和歌子さんの姿が消え、空間倉庫にある個室へ移動したッス。


「どうッスか?」


「十畳ほどの広さがあるな。テレビに机、テーブル、ベッドがある。冷蔵庫もあるな」


「ドアを開ければ、ユニットバスもあるッスよ」


「なんと! これはもはやホテルではないか」


「そんな立派なもんじゃないっスけどね。喜んでもらえたようで良かったッス」


 空間倉庫に入れる前に私も部屋の中を見てるッスからね。


 だいたいのことは分かっているッス。


「テレビをつければ、私の目を通じて、外の様子も見れるッス。何かあったら言ってほしいッス」


「お、おう。分かった」


「じゃあ、行くッスよ」


 気持ちを切り替え、私は外へ出るべく行動を始めたッス。


 まだ機製人きせいじんさんはいるでしょうから、それに気をつけて隠れながらいくッス。


「ところで、こちらへは兵器団体さんの機製人さんが来たッスか?」


「ああ、三度ほどやってきた。最初、野八にもやったように隠形おんぎょうで姿や体温などを遮断してやりすごしていた」


「なるほど。機製人さんたち、魔力とかは感知できても、神様の力は感知できなかったってことッスね」


「そうだ。とはいえ、現在の我ではそれが精一杯。武神でありながら戦うことさえできんのは口惜しい」


「まあ、和歌子さんが、能力に目覚めたんで、いずれは力を得られると思うッス」


「うむ。ようやく会話と最低限の力を得たが、我も鍛錬に励み、自力で和歌子を守れるくらいにならねばな」


 それもまず、この交差都市から脱出してのことになるッスけどね。

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