食卓での思い出
椿叶
食卓での思い出
ルールが決められているわけではなかった。だけど、私と由衣の間ではいつも、なんとなく、そんな雰囲気があった。
きっかけがあるとすれば、母がその二つのカップを指して、どっちがいいか尋ねてきたことだろうか。
我が家では時折カップ麺を食べるのだが、小さい頃から母は赤と緑の色のそれをわたしたちの前に並べて、姉妹二人で話し合って決めるように言うのだった。
「お姉ちゃん、今日はどっちの気分」
「んー。私は赤いきつね。由衣は?」
「あは、わたしも」
「今日はいっせーので指さそうか」
「うん。よし、じゃあ」
「「いっせーの」」
かぶったらじゃんけん。かぶらなかったら、自分がほしい方を持っていく。
「あー負けたー。お姉ちゃん、ちょっと分けて、ちょっと」
「いいけど。でも別に、また次で良くない?」
「今日食べたい気分だったの」
仕方ないな。そう笑っていたのも、今では良い思い出だ。
私が中学に上がって部活で忙しくなると、そもそも家族と食事の時間が合わなくなってきた。帰りは遅いし、休日だってほとんど家にいない。だからカップ麺を二人で取り合う、なんてこともぐっと減った。
由衣も中学にあがると、もっと二人で食卓に並ぶ時間は減って、気が付けばカップ麺を指さして、じゃんけんをする、なんて習慣はなくなっていた。
あの頃は、まだ子どもだったから、そんなことで楽しめていたのだ。そう思えば単純だったけれど、寂しいという気持ちは否めなかった。
姉妹の仲は、決して悪いわけではない。二人とも大学に進学し、家を離れた今でもこまめに連絡をとりあっているのだから、姉妹仲は自慢してもいいくらいだろう。
だけど、どうしてだろう。やっぱり、小さい頃の、同じ食卓に並んでいた頃に、戻りたいと思う。
そんなことを思っていたある日だった。突然、由衣から連絡がきた。
『姉ちゃん、今月末に帰省するんだけど。姉ちゃんも帰ってくる気ない?』
『うん、空いてるけど。いきなりどうした』
『大したことないけど、なんか帰りたくなった』
スマホを持つ指が迷って、適当な絵文字を送ってしまう。
『姉ちゃん、どした』
思い切って、言いたかった言葉を文字にする。
『赤いきつねと緑のたぬき、どっちがいい』
『赤の気分』
『私も』
あは、じゃんけんだ。そんな由衣の声が、頭の中に蘇った。
月末。机の上に並べられた二色の前に、私と由衣の拳が並ぶ。
「はい、いくよー」
「「じゃんけん」」
食卓での思い出 椿叶 @kanaukanaudream
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