第44話 不相応なお願い
成人祝いにバルセロンダに褒めてほしい――。
子供らしく、あざとくお願いしてみた。
もしかしたら頭を撫でてもらえるかもしれないけれど、そこまでしなくても一言彼からよくやったと言ってもらえるだけで満足できるから。
だというのに、彼は少し考えて近くにある東屋に向かってラナウィに手招きした。
不思議に思いついていけば、彼はベンチにどかりと座って、ラナウィの手をとる。
そうして誘われるままに、彼の膝の上に座る。
こんなことは初めてで、思わず身じろぎすればバルセロンダの腕が、落ちないようにとラナウィの腰に回った。
その安心感はすでに知っている。たくましさも力強さも。
何度か抱きかかえられたことがあるのだから。
けれど、これまでの記憶をどれだけ攫っても誰かの膝の上に乗ったことなどない。もちろん両親を含めて。子供のような扱いに、彼にとってはそうなのだろうと感じるけれど、落胆よりは気恥ずかしさが圧倒的に上回る。
そこに素直に収まっていいのかさえ、判断できない。
少し見上げる位置にある美麗なバルセロンダの顔を見つめていると、途端に彼は顔を下げた。
頬に息がかかるほど近くに、彼がいる。
周りなどすでに見えない。伸びあがってしまえば、顔は出るだろうけれど、ラナウィはひたすらに小さくなって固まった。
バルセロンダ以外にも護衛はいるはずだが、きっと誰からも見えない。二人だけの空間に、なぜだか罪悪感よりも浮ついた気持ちが勝った。
よく日に焼けた肌はなめらかで、しっとりと手になじむ。
そんなことすら、知らなかった。
どれほど時期女王として学んだところで、書物を読み込んだところで、知ることはない事実に、胸が高鳴った。
物語の中にいた漆黒の騎士が、まさに今、目の前にいるのだ。
「な、なんで……」
「姫が望んだことだろう?」
褒めてほしいというお願いが、どうしてこうなったのか全く理解できない。
そんな大それた望みではなかったけれど、なんだか大層なことになってしまった。
それとも、最初から不相応な願いだったということだろうか。
「ああ……」
思わず呻くような声を上げてしまったラナウィに、バルセロンダはますます訝しむ。
自分とは全く違う、大きくて硬い体はしなやかで怖さなんて少しもない。
骨ばった手だって、どこまでも美しい長い手指だって、優しさしか感じない。
髪を梳くように手が動いて、ラナウィの頭を撫でた。
「姫は、よくやってる」
ああ、彼が欲しい。
なぜ、自分は魔女王の後継者なのだろう。
なぜ、彼は三英傑の後継者ではないのだろう。
しなやかな獣みたいに美しい男。
誰のものにもならない、孤高の戦士。
彼だけが欲しくて、彼だけに溺れたい。
他なんていらない、彼だけがいいのに。
知らず、ラナウィの瞳は潤んでそっとまつ毛が震える。
それがどこまでも男を誘っているような淫靡さを纏っていることなど、想像もしない。
己の欲望を自覚して、叶わない恋に、ただただ身の内を浸すような悲しみを押し殺すだけだ。
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