第36話 仕掛け

「魔法だと思っていたから、バルス兄にはいろいろと魔法をかけていたんだけど、呪いだと気が付くのが遅れてしまって試合直前になってしまったんだよ。ただ呪いなら呪具に相手の体の一部を仕込まなければ成立しないでしょ。だから近づくなら一瞬で決めてほしいと頼んでいたんだけれど」

「髪の毛とか唾液とか血液とかを取られる前に倒してしまえと僕が助言した。とはいえ、ボーチ卿が対戦者に何か囁いていたのが気になったんだよね。相手の意識を逸らして髪の毛でも抜いているのかと思ったけれど、そんな様子もない。バルスだって、一瞬で決めるつもりで飛び込んでくれたはずだ。あの短時間で何かできたとも思えない」


ヌイトゥーラとハウテンスが重々しく語るが、結局はバルセロンダが呪いにかかっている。


「どうやって呪いをかけたの。一体、何をしたというの?」

「考えられるとすれば、ボーチ卿が呪具になっている」

「なんだって?」

「人が呪具になる? そんなことができるかしら」


言い切ったヌイトゥーラに、サンチュリが驚きの声をあげる。

そんな話は聞いたこともない。そもそも呪具は道具だ。どうやって作るのかは知らないけれどもたらされた情報は困惑しか感じない。


「僕も古文書を読んだだけだから詳しくは知らないけれど。そもそも呪具というものは人の感情を道具に移すんだ。相手へ向けた憎悪や嫉妬や殺意を媒介を塗りこめて作るものなんだよ。媒介は大抵は血であり、呪術師本人よりも動物や虫を使うことが多いけれど、それを人間でやったんだろう」


つまり人の感情を道具に移すための媒体と道具が一つになってしまったということだろうか。確かにその理論で言うのならば、人間だろうが呪具になりうる。


「困ったことに思考力のある人間が呪具になると自分の意思で相手に呪いをかけることができるんだ。つまりどういうことかというと、声を伝えればいいんだけど」


――つながった。


それで、ベルジュは相手に囁いていたのだろう。


「そんな簡単に人を呪具にできるものなの?」

「まさか。大抵は失敗するよ。そんなことができたら、無敵の兵士が作れちゃうでしょう。声だけで呪いがかけられるんだから、暗殺もし放題だよね」


怯えたように肩を竦めてヌイトゥーラは神妙に答えた。

その横でハウテンスがはきはきと告げる。


「さて、それでこれからの話をしよう。闘技会の優勝者は女王陛下から褒章が手ずから授けられる。その際に、ボーチ卿が良からぬことを囁いたらどうなるかわからない」

「まさか、母様に呪いをかけるというの!?」


そんなことになれば、隣国との戦争は免れない。

一体何を企んでいるのだろう。


「女王を眠らせたり、殺したりはしないだろう。けれど、操ってラナウィの婚約者を隣国の公子にするくらいは言わせるかもしれない」

「それなら、ありそうだわ」


そのためにこれほど大掛かりな仕掛けを考えたのだとしたら、隣国のラナウィに対する執着も恐ろしいものがある。

それほどに『魔女王』の後継者の加護は魅力的だというのか。


「呪いは強力で呪具を壊さなければ解呪はできない。女王に呪いをかけるのを防ぐだけじゃバルスは永遠に目覚めない。このまま衰弱死してしまう。他の対戦候補も同様だ」

「そう、そうよね。でも呪具を壊すって……」


バルセロンダがこのまま目覚めないのは恐ろしい。

けれど呪具の破壊ということは、つまりベルジュを殺すということだろうか。

相手がなぜ呪具になってしまったのかはわからないけれど、人の命を奪ってバルセロンダたちを呪いから解放するというのもなんだか躊躇してしまう。


「そこで、我らの『魔道王』の後継者様の出番ってわけなんだよ!」

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