第25話 恋をする相手
王城の回廊を歩いていると、中庭を颯爽と駆けているバルセロンダに出くわした。
「何から逃げているのか、聞いてもいいのかしら」
「なんで逃げてるってわかるんだよ」
「あら、バルセロンダは気づいていないでしょうけれど、にこやかに笑っている貴方って人に意地悪しているときなのよ?」
「へえ?」
にやりと口角を上げている顔を見て、ラナウィは、だからその顔だと指摘したくなった。本当に、人に迷惑をかけることが大好きな男である。
「で、今度は何をやらかしたの。国宝級の花瓶を割ったの、伝説級の魔獣を返り討ちにしたの、それとも女官長を怒らせたの?」
「なんで、どれもありそうみたいに言うんだ」
「どれも貴方がやったことだからじゃないかしら」
過去にバルセロンダが起こした騒動を並べれば、彼は肩を竦めるだけだった。いずれも、静かな王城が阿鼻叫喚の騒ぎになったのは言うまでもない。とくに女官長を怒らせた出来事は、いまだにラナウィの侍女の間で語り草になっている。
「まあ、今回はそんな大したことじゃない。ちょっと阿呆の尻を蹴り飛ばしただけだ」
「ええと、ちなみにどこのどなたか聞いてもいいのかしら?」
「熊虎騎士団長かな」
「へええ、そう……」
よりにもよって、渦中の人物である。
ハウテンスがバルセロンダとは仲が悪いと言っていたが、その関係はまったく修復できる気がしない。むしろ悪化の一途をたどっている。
ハウテンスはバルセロンダを闘技会に参加させたいようだったが、絶望的になったのではないだろうか。
「まあ、あんな阿呆のことはどうでもいいんだ。お前、好きなやつがいるって?」
突然の話題転換に、はぐらかされたと怒ればいいのに、ラナウィは体を硬直させた。けれど、女王教育の賜物か、口だけは自然と動いた。
「そうだけれど、それが何か?」
「なら、早く発表して婚約しろ」
「言われなくても、私は好きな人と婚約――結婚するわ。それが『魔女王』の後継者だもの」
棒読みになってしまったけれど、なんとか誤魔化せただろうか。
確かなのはこの状況を看過できないということだ。
冷静さが必要で、それを今すぐに自分が取り戻すのだ。そうでなければ、何を口走ってしまうかわからない。
どうして、そんなことを聞くの。
問い詰めればいいのに、どうしてもできない。
出会った時から変わらない美しい人。
成人したばかりの十五歳から、すっかり青年らしい顔つきになっても、美しさは損なわれることなく、色気にも拍車がかかっている。
すべての人を弄んでいるかのような人を食った笑みを浮かべているのに、それがひどく様になるから本当にいやになる。
物語の漆黒の騎士のように、惹かれてやまない――。
ラナウィはそこで思考を放棄した。
「今は時期ではないだけよ。貴方は何をそんなに心配しているの?」
「別に心配しているわけじゃねぇが……」
言い淀んで、バルセロンダは顔を顰めた。
直情型の彼がためらうのは珍しい。
「一生のことよ、軽率に決めるわけにもいかないでしょう。相手の気持ちもあるでしょうし。それとも、バルセロンダは私が貴方が好きだから結婚してほしいとお願いすればすぐに承諾してくれるというの」
「はあ? 俺は関係ないだろうが」
端から考える素振りもないバルセロンダの言葉に、ラナウィの中で渦巻いていた不満が突如として出口を見つけ出したかのように勢いよく吹き出した。
わかっているのだ。三英傑の中から選ばなければいけないことなんて。
きっと『魔女王』の後継者が恋をする相手は決められているのだから。それ以外を選んだとしても周囲どころか国民すら、誰も認めてくれないだろう。
自由に恋しい人を決めてもいいといわれているけれど、『箱庭』に集められたお膳立てされた相手以外の自由はないことなんてわかっていた。
今は姿が見えないけれど、『剣闘王』の後継者が見つかればすぐにでも恋をして、相手を決めなければならない。
「ほら、貴方だって承諾できないでしょう。無関係だと言うのなら、とやかく言うのはやめてくれないかしら? 当事者にはもっと難しいことなのよ」
反論しようとするバルセロンダを目で制して、ラナウィは押し殺した感情を含んだ声できっぱりと告げた。
「私は好きな人と結婚するの。そうでなければいけないのだから」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます