第21話 反省

水というのは大量に落ちてくるととても重いことを知る。

バルセロンダがかばってくれたけれど、押しつぶされるかと思った。


「み、水鉄砲でお願いしましたよね?」


ラナウィは近くに人の気配を感じて、バルセロンダの腕の中から顔をあげた。


「ご、ごめんね、ラーナ。その緑色、一度大量の水をかけないと落ちないってテンスが言うものだから」

「だからって、あんな量の水出すとか、さすが『魔道王』の後継者だね」

「いやいや、テンス!? やりすぎないって誓ったよね、これ絶対やりすぎだから」

「サン、済んだことをぐだぐだ言っても仕方がないから諦めようね。しっかし、すごい匂いだね。あれだけ水を流しても流れないのかあ」


平謝りするヌイトゥーラと、真っ青になって慌てふためいているサンチュリと、ひどく感心したようなハウテンスの三人が忽然と立っていた。


「え、テンス、どういうこと。水で大部分を流すんだよね?」

「あー、間違えた。上級の浄化魔法で綺麗になるから。あとたぶん打ち身くらいはあるから治癒もかけてあげてね」

「テンス! 絶対にわざとでしょう、研究熱心なのはいいけどやりすぎはダメだっていつもおじさんに怒られているくせに!」

「ええっ、ごめんねラーナ、本当に大丈夫だった?」


半泣きになったヌイトゥーラが素早く呪文を唱えて、魔法をかけていく。

痛みもなくなって、体も綺麗になった。そのうえ、乾燥までしてくれたので、ここに来た時と同じ状態だ。

けれど、一言も発しない後ろの男の気配が怖い。

いくら姿をもとに戻したところで、やったことが消えるわけではないのだから。


「ありがとう、ヌイト」

「ううん、来るのが遅くなってごめんね。テンスが見届けたいっていうのに付き合った僕も悪かったんだ」

「つまり、どういうことだ?」


地底の底から聞こえてくるかのような低い声が、ぽつりとつぶやいた。


「あれ、察しが悪いね。貴方は頭がいいほうだと思ってたんだけど違ったかな」


ハウテンスは頓着する様子もなく、へらりと笑う。

ラナウィは、教師が雷を落とす前の静けさを感じて、ひいっと息を呑んだ。


「ラナウィに頼まれたから、子供らしい可愛い悪戯を実行してみました!」


その瞬間、ものすごい速さでバルセロンダは三人の頭に拳を落とした。

いつラナウィから離れたのかわからなかったし、気がついたら三人が頭を押さえてうずくまっていた。


「痛い」

「いたっ」

「いったぁい」


ヌイトゥーラは悲鳴まで可愛らしいのだなとラナウィは変なところで感心した。


「この馬鹿ども! 悪戯にも限度ってもんがあるだろうがっ!!」

「えー、安全には配慮したし、少しだけ痛い思いするだけだし。今はもう治ったから問題なくない? っていうか、言い出したのはラナウィなのに、なんで彼女にはゲンコツしないの」

「あいつはすでに全身打ち身だらけだったんだ!」

「あれ、てっきり貴方が守り切ったんだと思ったのに?」

「人外の動きを期待するな! あんなに大量にいて防げるわけないだろうが」


バルセロンダがもう一発ハウテンスの頭を叩いた。


「ごめん、ラナウィ。僕、楽しくなっちゃうとやりすぎるらしくて……」

「いえ、私も反省しました。いくら怒っていたからって、やっぱり他人を巻き込んではいけませんでした」

「さっすが、ラナウィ。慈愛に満ちた『魔女王』の後継者だね」

「そんなことは初めて言われました」

「どっかの古文書に書いてあったよ? 博愛と慈愛に満ちた心優しき女王だって」

「だからって、こいつの優しさに甘えるんじゃねえ!」

「わあ、ゲンコツは勘弁してよ。十分に反省してるよ」

「バルセロンダ、大丈夫です。テンスは私の初めての悪戯に付き合ってくれただけなので。人任せにしたのがよくなかったのだと反省しました。ええ、きっちりと今度は自分で悪戯しますわ」

「え、そっちに開き直っちゃったの?」


あまりにハウテンスが驚いた表情だったので、ラナウィは思わずくすくすと笑ってしまった。


よく考えてみれば、三人は婚約者候補として親睦を深めるためにわざわざやってきてくれているというのに、自分は一体何をやっていたのだろう。

しかも失敗して、自爆してしまった。

とんだ一日になってしまったけれど、なんだかとてもわくわくした。


まるで『冒険者ジャックの大冒険』を読んだときみたいに。

いや、それ以上に。


くすくすと笑い続けるラナウィをバルセロンダは呆れつつも優しい瞳を向けていたことには気が付かなかった。彼はすぐに厳しい表情になってしまったので。


「つまり、ラナウィ様はさらに俺に悪戯をしかけるつもりなんだな?」

「え、ええ? あ、そういうことになりますね」

「俺は基本的には倍返しなので。覚悟しろよ?」


にやりと笑った漆黒の騎士は、どこまでも意地の悪い笑みを浮かべている。

きっと物語の漆黒の騎士様はこんな顔をしないだろうということだけはわかった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る