第5話 後朝

ぽすんと彼の胸に飛び込んで、そのまま上掛け布団にくるまった。


「ふふ、あったかいのね」

「え、ちょ……待て待て、ラナウィ?」

「もうラーナと呼んでと言っているのに……なにかしら?」

「お前、初夜って何をするのか知っているのか」


至極真剣に、バルセロンダが聞いてくるので今にも閉じようとしてくる重い瞼をなんとか開けて、ラナウィは母から告げられた内容を答えた。


「夜に一緒に寝ること。あとはバルスに任せておけばいいって。ねえ、今日は疲れたでしょう。もう眠りましょうよ」

「お前、成人してたよな?」

「成人? なぜ、今そんな話? 十六なんだからとっくにしているわ」


成人は十五歳からだ。もちろん王城をあげて盛大に祝ってもらった。その後すぐにバルセロンダの紋章が発覚した。

怒涛の十五歳を思い出して、ラナウィはやや遠い目になる。

ちなみに、先日めでたく十六歳を迎えたが、結婚式も控えていたため、誕生祝の宴は開かなかった。ささやかに周囲から贈り物をもらって祝ってもらえたので、とくに不満はない。


「あー、つまりなんだー……嫌がらせか……」


へたれって言われるだの過保護すぎだの手出せるわけないだのとぶつぶつ言っていたバルセロンダをラナウィは眠たい目をこすりながら見上げた。

戸惑っているようだが、しっかりとラナウィを抱きしめてくれているので、とても満足だ。布団も温かいし、バルセロンダのぬくもりも心地がいい。

彼が基本的には優しいことなど、昔から知ってる。


「バルスに抱っこしてもらうの好きよ。すごく安心するもの。絶対離さないでね。朝起きても貴方とくっついていたいわ」

「ぅぐ……っ」


蛙が潰れたような奇妙なうめき声をあげて、バルセロンダは両目を片手で覆った。


「拷問か……ちくしょう……」

「もう、ちゃんと両手で抱きしめてくれないといやよ」

「……仰せのままに、姫様」


深々とため息を吐いて、バルセロンダが抱きしめ直してくれる。


「もうラーナと呼んで……それ以外は、いやよ……」


瞼が重くて、体が温かくて、これ以上起きていられない。

ラナウィはそのまま沈み込むように意識を手放したのだった。



#####



「まあ、バルス。昨夜はよく眠れなかったの?」


ぐっすり眠って起きた次の日、鳥のさえずりを聞きながら穏やかな朝を迎えたと思ったのに、ラナウィの前には目の下にはっきりと隈を浮かべたバルセロンダが自分を見下ろしていたのだから、驚きの声をあげてしまった。


初夜の朝はとにかくとても大事だと聞いたけれど。

母からはこの初夜を済ませた男の態度で、今後の夫婦生活が決まると言っても過言ではないと言い切っていた。ここで男が甘やかすタイプかそっけないタイプかはたまた絶倫タイプかがわかるらしい。

そもそも最初二つはいいとしても、最後の一つの意味はわからなかった。

わかったふりをして神妙な顔をして頷いたのは記憶に新しい。


でもきちんとラナウィのお願いどおりに、一晩中抱きしめて眠ってくれたのだから、初夜の朝はおおむね成功ということだろうか。きっとバルセロンダは甘やかすタイプなのだろう。


「もしかして、私の寝相が悪かったとか?」


いつもは一人で寝ているのでわからないけれど、夜中にバルセロンダを無意識に蹴り上げて起こしてしまったのかもしれない。


「あー……いや、いい。お前は、気にすんな。で、これでいいんだよな、朝になったから大丈夫だろ。俺はちょっと用事ができたから出かけてくる」

「用事? 一週間の休暇を貰ったと聞いたけれど……」


結婚式を挙げたのだから、二人で仲良く過ごせるようにと母が手を回して、バルセロンダの休暇を設けてくれたのだ。

そのためぎりぎりまで魔獣討伐に出ていたバルセロンダは結婚式に遅れてやってきたのだけれど。狩りつくしたらしいので、当面の間は彼はゆっくりと休暇を楽しむことができるはずだった。

そもそもバルセロンダの団だけが魔獣討伐をしているわけではないので、彼が休みの時は他の団に任せればいい話ではあるのだが、他の団は貴族出身の団長を筆頭に気位の高い者が多く、平民あがりのバルセロンダにこの半年間仕事が集中していたのだ。


「急遽、急ぎの仕事が入ったんだ」

「朝食くらいは一緒にとれないの?」

「……お前、ほんと勘弁しろよ……っ急ぎだからな、もう用意していかなきゃならないんだ。お前はもう少しゆっくりしとけ」


バルセロンダは渋面を作って、さっさと寝台を抜け出した。

そのまま脇目も振らず部屋を出て行ったのだった。

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