第15話 本気の口止め

「とにかく、二人しか集まらなかったことはこの場だけの秘密になります」


努めて冷静な口ぶりで告げた母に、ラナウィは冷めた視線を向けるのを必死で抑えた。彼女の肩は先ほどの興奮のためか上下に揺れていて、なんなら言葉の端からぜえはあと漏れる荒い息遣いまで聞こえてくる。


とにかく幼心にも見ちゃいけないやつだということはわかっているのだ。


「いいですか、この場にいる全員が対象ですよ。もちろんあなたたちも」


女王は子供の付き添いとして控えていたダル侯爵とボック公爵を一瞥し、そして周囲を見回した。


「護衛している騎士や侍女たちもわかりましたね」


最小限ではあるものの、国の要人が一同に会している。母は女王であるし、ダル侯爵は魔法局長であるし、ボック公爵は宰相である。それなりの人数が護衛についているのは当然だろう。いくら一国の王女の婚約者候補との顔合わせと言ってもこれだけの人物が集えば仕方がない。

けれど、一体母は何を警戒しているのか。


女王は皆が固唾を飲んで頷いているのを確認してから、後ろに控えていた侍従に目配せをした。

彼は代々母に仕え続けていて、誰よりも女王からの信頼が厚い。というか、ラナウィの父であり、王配だ。

だがとにかく影が薄い。母の派手な美貌ではなく、父の地味な平凡顔を受け継いでしまったラナウィは父のような性格であれば、自分も地味顔でよかったと思えたかもしれない。いや、むしろ侍女とか誰かに仕える立場なら自分の地味顔を受け入れられただろうに。

彼は人前では一言も話さないことなどざらだ。

今も無言で頭を下げ、母に向かってお盆を捧げている。


両手で抱えるほどの大きいお盆に載せられているのは、一枚の魔法陣である。

羊皮紙に直接書かれたのは赤。

魔法陣はその素材で効果に雲泥の差が出る。

幼いラナウィですらその価値に身が震えた。ヌイトゥーラもハウテンスも同様に身を震わせて押し黙っているところを見ると知識があるのだろう。


「では、契約を結びましょう。魔法局長、お願いするわ」

「かしこまりました」


恭々しく頭を下げた魔法局長であるダル侯爵が、一歩進み出て手のひらを魔法陣の上にかざした。そのまま呪文を唱える。

するとぶわりと一陣の風が放たれた。


ラナウィの髪を揺らして、そのまま吹き抜けていく。

目を瞬かせていると、女王が静かな声音で告げた。


「三人目についてこの場にいる者以外に他言すれば命の保証はしません」


婚約者候補を集めた可愛らしい『箱庭』で、なぜか死の宣告をされたのだがラナウィは他の者たちと同様に小さくこくりと頷いたのだった。



#####


あとは若い者で――。

などと大人たちが気を利かして去っていったところで、場の空気が和むはずもなく。


『箱庭』の庭の一角にしつらえた東屋の椅子に深く座りながら、ラナウィは心底疲れていた。

二人の少年も整った容姿をしているけれど、どこか陰りが見えるあたり同じく心労がたたっている。なぜ五歳児が気を遣わなければならないのか。

むしろ、自分たちは本日の主役であるというのに。

緊張した中でお互いを知りつつ、仄かな恋心を芽生えさせたりとかするはずだったのでは?


恋? それっておいしいの状態である。


すっかり白けた気持ちで二人を見つめていると、ハウテンスがぽつりとこぼした。


「あの魔法陣、燃えるような赤色は竜王の心血じゃないか? 羊皮紙も裏に見えたの、古文書とかに使われている紋章と同じだった」

「ケレスン羊皮紙?」

「わあー国宝級……」


ヌイトゥーラが告げた羊皮紙は建国以来魔法陣だけを作り続けてきた名門中の名門である。特別に王家の血縁のないケレスン公爵を授けられた唯一の家門である。


古文書や初期の魔法陣はすべてこの羊皮紙を使っており、もちろん特級魔法具として有名だ。

ちなみに初代『魔女王』の日記もこの羊皮紙で書かれている。昔はありふれていたのかもしれない。それに日記を書くとか聞いたときは信じられなかった。


小さな顔を三つ寄せて、誰からともなくため息がこぼれる。


「今日は婚約者候補として顔を合わせるだけでいいって言われてたのに……なんで命を人質にとられなきゃいけないんだろう」

「私ももっと平和に顔合わせしたかったですわ」

「た、他言しなきゃ大丈夫だよ?」


ハウテンスとラナウィに、必死でヌイトゥーラが言い募る。


「まあ、他言する気はないけどさ。結構、これ問題だぞ。五百年ぶりの慶事に水を差したことになる。姫様の地位が揺らぐことにもなりかねない」


さすが『大賢者』の後継者は五歳児にして頭が回る。

瞬時にそこまで考えがいきつくとは将来有望だ。

ラナウィが次期女王と呼ばれているのは『魔女王』の再来であるからだ。それが、必ず集うという三英傑の後継者が欠けていたとあってはラナウィの存在自体が疑われても仕方がない。

だから、母もあのような魔法陣を持ってきたのだろう。


「ラナウィで構いません。さしずめ、貴方たちは私の婚約者候補ではあるけれど、ある意味一蓮托生の幼馴染みになるのですもの。協力しあわなければ生き残れないわ」

「それもそうだね。僕はテンスって呼んでくれ」

「ら、らなう…テンス…」

「言いにくいならラーナで構わないですよ?」


ヌイトゥーラがもごもごと口を動かしていたので、ラナウィは助け船を出した。


「ごめん、ありがとう。僕もヌイトでいいよ。二人がとても優しい人たちで嬉しい」


にこりと邪気なくほほ笑んだヌイトゥーラに、ハウテンスと顔を見合わせてほっこりとした。天才魔法使いはどこかおっとりとした美人だと知る。

これは守ってあげなければいけないやつだと心に刻む。


「とにかく、僕たちの一番の課題は三人が仲良くなれるかってことだったんだけど、これは問題ないようだから。次は残りの『剣闘王』の後継者を見つけることだ。それも早急に、ね」


ハウテンスが重々しく告げたのだった。

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