第二章 月満ちた細道を往けば

第14話 王女の恋

ラナウィが初めて仄かな恋を自覚した相手は、残念ながら現実の世界の相手ではなかった。

大陸中の小さな子供たちが胸をときめかせたに違いない大ベストセラー『冒険者ジャックの大冒険』というへんてこなタイトルの絵本。その名のとおり、冒険者ジャックが主人公の胸熱な冒険を繰り広げる物語である。けれど、ラナウィが惚れたのは大陸中に知れ渡っているその絵本の中に出てくる漆黒の騎士だ。

寝物語によく語られる幼児向けの絵本の中にでてくる主人公の相棒でもない、ただの通りすがりの人物ではあるけれど、ラナウィは物心つく前から、騎士様と心をときめかせていた。

理由は至極単純で、平凡地味顔に生まれてしまったラナウィは、とにかく脇役とか端役とか地味な地位が好きだった。落ち着くと、幼心にも思っていた。格好いいと真剣に思っていたし、頑張れと応援していた。そんな中、出会ってしまった漆黒の騎士は口は悪いけれど、超一流の剣の腕でジャックを颯爽と助け、調子にのっている彼を諫めるという役どころだった。


漆黒なんて地味なのに、格好いい。

地味なくせに、主役を𠮟りつける重要な役どころ、素敵すぎる。

もう惚れる要素しかない。


舌ったらずに「しこくのきししゃま」とつぶやいてはうっとりしていたと乳母がよく話して聞かせてくれたほどだった。

ラナウィもうっすらと覚えているので、彼女たちがからかって作った話でもない。


騎士に憧れたラナウィは五歳のときに、自分の婚約者候補が集められたと聞くやいなや、絶対に騎士である『剣闘王』の後継者に恋するだろうと思っていた。

魔女王の再来たる彼女の婚約者候補は魔女王の側近である古の三英傑の再来であると言い聞かせられていたし、彼らが『魔女王』のもとに集うのは揺るぎのない契約でもあるからだ。


だというのに、ラナウィが自身の婚約者候補が集う箱庭にやってきたときには、同じ年の子供が二人、いるだけだった。

一人はヌイトゥーラ・ダル・サラーム。ダル侯爵の一人息子で、『魔道王』の後継者だ。魔法の才に恵まれており、五歳にして無詠唱で極大魔法を使える天才児。

一人はハウテンス・ボック・スタン。ボック公爵の一人息子で、『大賢者』の後継者。一度読んだ本はすべて記憶できるといい、すでに十か国以上の言語を操る天才児である。


それぞれに名乗りをあげヌイトゥーラは右手の甲に現れた紋章を見せ、ハウテンスは髪をかき上げ頬に浮かんだ紋章を見せてくれた。

三英傑はそれぞれに魔の紋章、智の紋章、剣の紋章を持つ。形が違うので、それを見れば、何の後継者であるかはすぐに判明するのだ。


つまり、ラナウィが恋する相手であるはずの『剣闘王』の後継者だけがいないということになる。


二人を引き合わせたラナウィの母である女王を見つめれば、彼女も困惑した表情を浮かべていた。


「母様、どういうことでしょうか」


常日頃、人前では女王陛下と呼びなさいと言われてはいたけれど、あまりの出来事にラナウィはうっかり甘えモードで呼びかけてしまった。けれど、母も動揺していたのだろう、叱責されることはなかった。


「探したけれど、見つからなかったのよ」

「公開募集をかけていましたよね?」

「もちろんよ。可愛い貴女の婚約者候補だもの。国内のみならず国外にまで声をかけたわ。実際にはたくさん来たのよ。絵をかいたり、入れ墨までしてきた者もいたの。笑っちゃうことに智の紋章を描いてきた者もいたのよ、貴方はなんの後継者なのと言いたくなったわ。とにかく、何が言いたいのかというと、全部偽物だったけれど!」


三英傑の後継者がその証として体のどこかに紋章を持つことは周知の事実である。

実際、『魔道王』と『大賢者』がいるのだから、どのような紋章かはわかるというものだ。それぞれの紋章は見ればなんとなく魔法っぽいとか知性っぽいとかわかるようになっている。きっと『剣闘王』の紋章も剣っぽいものだろう。

けれど、細部まで書かれているのは、女王しか閲覧することができない『魔女王』の日記に記されているのみである。

つまり、母だけしか本物を知らない。そのため偽物たちの紋章をひたすら眺め続けたのだろう。心なしかやつれているようにも見えた。


「三人集まったとルニアからは聞いていたのですが」


ルニアはラナウィにつけられている年若い侍女である。

明るくておしゃべりな彼女は、城中の噂話を集めていると言っても過言ではないほどの情報通なのだ。

ぽつりとこぼせば、母は力なく首を縦に振った。


「世間にはそう話しているわ」

「世間には……?」

「だって、貴女は五百年ぶりに生まれた建国の祖である『魔女王』の後継者なのよ!貴女の身の内に秘めた膨大な魔力は想い人の加護にしか使えない。そのために五歳だなんて幼い時に、婚約者候補を『箱庭』に集めたっていうのに! 貴女の想い人は古の契約によって、必ず『魔女王』の側近である三英傑に限られているというのに!!  一人足りないとか言えるわけないでしょうーーーーっっっ!!!」


常に慈愛に満ち穏やかと称される女王陛下の悲しい叫びが、可愛らしい『箱庭』に轟いたのだった。



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