第13話
「…………あれ、ここ何処だ」
縦長の空間に椅子が沢山あり、天井からはつり革が垂れている。どうやら俺は、電車の中にいるようだ。
伊集院さんからもらったクリスタルは……。紫色に変色したほんの少しの欠片しか残っていなかった。
「……そうだ、行かなきゃ!!」
伊集院さんを救う方法を思い出したのだ。
彼女を救うには時間制限がある。時間内に助けなければ伊集院さんは……。
『お前はどこにも行けへんぞ、嘉神零紫』
「ッ!? ど、何処から声が……」
周囲をキョロキョロと見渡しても、俺以外はここに誰もいない。声だけが聞こえて来る。
『ここや、お前の頭の上や』
「ん?」
自分の頭に手をやると、モフッという心地いい感触がした。サッカーボールくらいの大きさの謎のモフモフを両手でガシッと掴み、目の前まで持ってくる。
それは――鶏だった。鶏冠があるからオスだ。あと右眼に縦の傷が入っていた。
『むむぅ……。お前の毛髪は、ワイの隊長とよく似とったから心地よかったんやけどなぁ……』
不服そうな顔をして、流暢に言葉を話している関西弁の鶏。
「しゃ、喋る鶏!?」
『ただの喋る鶏やないで〜〜? ワイの
「は、はいコッコ副隊長……」
『うむ、よろしい! コォォケコッコォォォォ――ッ!!』
バサバサと翼をはためかせながら鳴き始めるコッコ副隊長。鼓膜が破れるんじゃないかと思うぐらい大きい声だった。
「俺、行かなきゃ行けな居場所……助けたい人がいるんです。今何月何日ですか? っていうかここ何処ですか? 俺はこれから何処に連れて行かれるんですか??」
『一つずつ質問をしぃや……。今は日本で言えば四月九日。場所は……後ろの窓の外を見てみ』
「窓の外?」
コッコ副隊長を椅子に置き、後ろを振り返る。
するとそこは、青と白の世界だった。空が水面に反射している鏡張りの世界だ。
「ここって……」
『ああ、ここは絶景スポットとしても有名な場所――ウユニ塩湖。写真で見たりしたことがあるやろ』
……いや、おかしい。
日本のほぼ裏側にあるウユニ塩湖ぐらいの絶景スポットは知っている。だが、そんなすぐに地球の裏側に行けるのか? そんでもってこの場所でバスならまだしも、電車なんか通っていなかったはずだ。
『ここはウユニ塩湖の〝裏〟。ほんで、この電車が向かう先は、
「えぇっ!? なんで俺が……?」
正直、記憶が曖昧だからよくわからない。伊集院さんの事実を伝えられて、悪魔に出会って、前世の記憶を取り戻して、それから……。思い出せない。
『覚えとらんのかいな……。まあ、ざっくりと話すと、お前はその眼の力を暴走させて辺り一帯を更地にしたんや。マジでなんもなくなっとったからビックリしたわ〜!』
「さ、更地……暴走……」
血の気が一気に引き、顔が青くなり始める。
『まあ安心せぇ。場所は人が寄り付かん場所で、建物が崩れただけ。死んだ人間は奇跡的に一人もおらへん』
「そ、そうですか……。よかったぁ……」
『何を安心しとんねん。そんな暇無いで?』
「ま、まだ何かあるんですか?」
『これから本部で、お前の裁判を行うらしい。自由の身になるのはもう不可能やけど、その助けたい相手を助けるには組織に所属するしかない。……せやけど、死刑になる確率は99.9パーセントみたいやで』
「エ」
……頭が痛い。情報量が多いのと、一つ一つの情報が重すぎる。
しかも99.9パーセント死刑? 絶対殺されるじゃないか。
「暴走したことが大分やばいことだったんですかね……?」
『暴走以前に、お前のその眼が開眼したことが問題やねん。その眼は〝
「ま、まじすか」
『……せやけど今回のこの裁判、ワイが思うに、お前の死刑の確率は五分五分やと思っちょる』
「本当ですか!?」
『……ま、お前次第やけどな』
トコトコと歩き、俺の膝の上に乗っかる副隊長。
『ワイは副隊長。隊長やないから何もできひん。頑張れとかしか言えへんからな』
「はい……」
そして静寂に包まれる。少し気まずくなってしまったため、話題を切り出すことにした。
「一応俺って危険人物なんですよね?」
『いんや違う。〝超〟危険人物や』
「……そんな俺が拘束とか無しで、しかも二人っきり……いや、一人と一匹? とかでいいんですか?」
『自分の両手首を見てみ』
言われた通り見てみると、金色のリングが嵌めてあった。全然気づかなかった。
『そのリングは魔術、異能力、体に仕込んでいる機械などなどを全て無効化したり、身体能力を格段に下げる機能があるんや』
「成る程。なら安心ですね」
『……お前、変わっとるな』
「え? 普通だと思いますけど……」
ジッと半目で俺の眼を見つめる副隊長。
『ワイもそれほど聞かされてへんけど、宝珠眼を持つ者は、その特化している物に衝動的になると聞かされてとる。
破壊に特化したお前の宝珠眼……対してお前はゴッツ優しい。人のために怒れて、心配をできる。ワイはいい人間と悪い人間を区別できるというと特技を持っとるが、今まで見た優しい人間のトップスリーに余裕で入るくらい優しい雰囲気感じるで……』
「ありがとうございます……?」
〝褒められた〟というよりは、〝不思議に思われた〟という感じがした。
俺は幼い頃から巻き込まれ体質で、困っている人の辛さがよくわかる。だから放って置けないのだ。
『さて、もう終点や』
「……いよいよですか」
『裁判の場所は、駅にいる白い球が教えてくれる。導いてくれた先に赤い鳥居がある。そこをくぐれば本部に到着や』
電車ゆっくりと減速し、そして停止する。プシューっという音を立てながら扉が開く。
「…………」
足が重い。行きたくない。何で俺がこんな目に。怖い。死にたくない。
色々な感情が重なるけれど、伊集院さんを救うには行かなければ行けない。無言で立ち上がり、電車の外に出た。
白いベンチに青い塗装。駅の名は〝
『一つ、お前に言いたいことがある』
「……言いたいこと?」
副隊長はドアの前で立ち、俺にそう言う。
『――お前の人生は、お前の物や。自分が進みたい〝道〟を選べ。それが一番輝けるやろ。自分を曲げたらあかんで? 人生が燻んでまうからな。――ワイは先で待っているで』
そう言い残すと、電車はスゥッと霧のように崩れ始め、そして消えて無くなった。
「…………副隊長。――よし、行くか」
少し、ほんの少しだけ勇気が出た。
たとえ困難な道でも、俺は俺が進みたい道を進もう。そう思った瞬間だった。
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