第9話
黒い風が止むと、そこは人気が全くない湾岸倉庫になっていた。カモメの鳴き声と、漣の音しかそこにはなかった。
助けは伊集院さんからもらった緊急連絡用バッジがポケットに入っているからなんとか呼べそうだ。
「それにしてもこのバッジ、なかなかいい趣味をしていますねぇ〜」
「っ!? お前……!」
俺のポケットに入っていたはずのバッジをまじまじと悪魔が手にとって見つめている。
そしてそれをいとも容易くプチっと潰した。
伊集院さんと任務をこなしていく中で、俺は魔術を使えるようになったりしていないし、前世の記憶とかが戻ることもない。
だからこいつに勝てる可能性なんか0パーセントに等しい。
「それで、こんなところにか弱いごく平均的な男子高校生を拉致して何するつもりだ」
「聞きいのですよ。彼女――シエルを復活させる方法を!」
ふざけてるのかコイツは。なんで俺が知ってると思ってんだ。
知ってたらついさっき蘇らせたに決まってんだろ。
コイツに向かって幾らでも罵詈雑言を言い放てるが、ギリッと歯を鳴らして堪える。
「俺が知るわけないだろ。……というか、なんでお前が伊集院さんを復活させたがる。お前が、伊集院さんに呪いをかけたやつなのか……!」
自然と声にドスが効く。
怒りを露わにせずにはいられないからだ。
「……確かに認めます。ですが私には、大いなる目的があるのです。そのためには、一度彼女に死んでもらう必要があったのです」
「『目的のためにだったら人に呪いをかけたり殺していい』ってか? ふざけるな!! そんなの……――ぐッ!!」
刹那、俺は地面に頭をぶつけていた。
一瞬のうちに悪魔が俺のそばに近づき、頭を鷲掴みにして地面に叩きつけていたのだ。
そして、悪魔は俺を尻に敷いて話を進める。
「落ち着いてください。もう知っての通り、この世界は一般人が思っているより遥かに特殊。表向きには『世界平和』みたいになっていますが、裏では殺るか殺やれるかの『弱肉強食』なのですよ。
今の時代、強い者が弱い者を利用するのが当たり前。だから私が彼女を利用しても、なんの問題もありません。だって、世界がそうしろと言っているようなものですから」
全部世界のせいにして、罪から免れるつもりか。本当に本当に……ムカつく野郎だ!
「それに、私は彼女に期待をしているのですよ」
「期待、だと……?」
悪魔を睨みつつ、そう問う。
「ええ。彼女の眼は美しい……! あれはいずれ、世界を魅了する眼へと進化するのです! そんな眼を私が見逃すでしょうか? いや、しない!! あれを私のものにしたい……さすれば私は大いなる存在へと進化できるのですッ!!」
どこまでも腐り切ってやがる。
自分の目的のためならなんでも利用していいと思ってるゲス野郎だ!
手に力を込め、握りこぶしを作ろうとする。声にならない怒りが口から漏れ出る。
しかし、側にあった石の破片を俺の手に突き刺してきた。
叫び声をあげようとすると、再び地面に顔を叩きつけ、悲鳴すらあげられなかった。
「ふ〜む……。私の勘違いだったかもしれませんね。どの話をしても質問ばかり。本当に何も知らない一般人のようですね」
「ッ、ゲホッゲホッ!!」
血も吹き出て意識が朦朧としてきているが、怒りはさらに湧くばかりだ。
「くひひっ、いや、まあいいでしょう。彼女が自殺をし、分身も消えた今は私の気分は気分がいい。冥土の土産として、彼女に呪いをかけた後のことについて話してあげましょう♪」
ニコニコと、ゲスな表情をしながら俺を見下す悪魔。
そして意気揚々と話を進め始める。
「呪いをかけた後も彼女を強かった。ですが、精神的に攻撃をしたのですよ。『お前の所為で人が死ぬ』とか『お前は死ぬべき人』とかです!」
「クソ、野郎が……!!」
「……まあ、彼女の友人であったあの忌々しい女さえいなければ私の計画は完璧だったのですがね。くくっ、けれど、あの時の絶望顔を思い出すだけで心地がいい……!!」
行き場のない〝怒り〟が体の中でのたうちまわる。こんなに怒りを覚えたのは初めてだ。
「何百人と自殺に追い込んで来ましたが、あの表情は格別でしたぁ〜!」
「う……あああぁあああ!!」
思わず俺は左肘でコイツに攻撃を仕掛けた。
しかし悪魔は動じることなく、パシッと俺の腕を掴んで握力を強め、バキッという音が響く。
「う、がアアァアア!!」
「さて……そろそろ興が冷めたことですしゴミ処理をしましょうかッ!」
「ッ……!」
背中に衝撃が走る。俺の意識は今にも途切れそうだった。
悪魔は立ち上がり、俺の片腕をつかんでズルズルと海の方へと引きずり始めた。
(アー……。そういえば、伊集院さん言ってたっけなぁ……。『ボクを救えるのはキミだけ』って……)
地面に叩きつけられた時に生じた鼻血を垂らしながら、そんなことを思う。
(……あれ? 言ってないぞ? 伊集院さんは言ってない……でも伊集院さんが言った……)
「あ、れ……?」
思考がままならない。頭がうまく回転しない。どういうことかわからなかった。
「では、さよならです」
その言葉を最後に、俺は海に投げ捨てられる。
雲の切れ間から漏れ出たであろう光が水面から差し込む。そして白い泡と広がる青は幻想的だった。
(ああ……そっかぁ……。確かに伊集院さんは言ってなかったなぁ……)
その時、俺は〝再生〟した。
手からの血はふきでたままで、背骨や腕は骨折したままでズキズキと痛む。
再生したのは体ではなく、〝記憶〟だ。
(伊集院さん……全部じゃないけど――思い出せたよ)
眼の疼きが最高潮に達し、眼が紫色に不気味に輝き出す。
ズズズと、真っ黒の髪も濃い紫色に変化し始めた。
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