第8話
休日の昼前。俺は伊集院さんの豪邸の中にある一室の前で、目の前にいる彼女の母親である伊集院
彼女も組織の一員らしい。
そんな冷静に分析をしている場合じゃないのに、その事を考えてしまうほど、俺は混乱しているんだ。
「……何かの冗談ですよね……?」
「……冗談じゃないの。事実よ」
訳がわからない。
俺はさんこの人が何を言っていることが何一つ理解ができない。いや、理解したくない。
「繰り返し言うけど、美空は去年に死んでたの」
「そんなの! ……信じたくても信じられませんよ……!」
「……じゃあ、この部屋に入って」
ガチャリと躊躇なく部屋を開ける玲美さん。
俺は受け入れたくない現実をこれから見せられると思い、つい目を閉じてしまう。
ゆっくりと眼を開けると、その部屋の中には椅子に座る伊集院さんがいた。
「な、なんだ……。ほら、やっぱりドッキリとかなんでしょう? 伊集院さん、流石にこういうドッキリは趣味が悪……――」
部屋の中に入り、椅子に座る伊集院さんの肩に手をポンっと置くと――腕が取れた。
ぼとりと、伊集院さんの腕が落ちたのだ。
「なっ……なっ……!?」
腕からは血が出ておらず、内側は鉱石のようなものが代わりに輝いていた。
よく伊集院さんを見ると、顔にも、腕にも、身体中のいたるところにヒビが入っていた。
虚ろな目で一切動かない伊集院さんは、まるで人形のようであった。
そして、死角になって見えていなかったが、奥にはベッドの上で寝転がる伊集院さんの姿があった。
伊集院さんの肌をよく見ると、キラキラして輝いており、全身に宝石を纏い、包まれているようであった。
「なん、なんですかこれ……!!」
「美空は昨年、亜人である悪魔に会ったらしいの。それで、その悪魔が持っていた異能力の呪いをかけられちゃったの。それは発動すると迷惑をかけてしまうと思った美空は分身を残し、自殺を……したのよ……」
心苦しそうにポツリとそう言う。
「そんなの……そんなの――」
「それでね、その分身も昨日、完全に動かなくなったらしいの。昨日、美空に『明日の朝追いついて手紙を読んで』って言われて読んでこの部屋に来たら……。美空はもう……」
俺は、一週間前……もとい、伊集院さんとファーストコンタクトを交わした日のあの言葉を思い出した。
『先に謝っておくよ、ごめん』
脳裏にその言葉が思い浮かぶ。
あの時の言葉、これのことだったってか。
「くそっ……なんなんだよ……! 昨日俺に対してはなんともなかっただろうが……!!」
前日は特に何事もなかった。
いつも通り伊集院さんに連行され、いつも通り伊集院さんの任務をこなし、いつも通り伊集院さんの手料理を食わせてもらった。
そんな〝いつも通り〟が今日も、明日も、明後日も明々後日も続くと思っていた。
そう……思っていたのに!!
「っ…………!」
泣き叫びそうになる。だが下唇を噛んで叫ぶのを我慢している。
それぐらい悲しいんだ。伊集院さんの任務に付き添っていく中で、俺はこいつの隣にいるのが心地よくなってしまったんだ。
だと言うのにお前は『さよなら』の四文字も言わず、俺に言わせてくれる暇も与えずに去った。
「祐紫くん、これを」
「これは……?」
「あの子が死ぬ前に書いてた手紙よ。零紫くんのも書いてたらしいの」
俺はそれを受け取る。玲美さんは俺にじっくり読んでほしいということで、部屋から立ち去った。
封を開け、手紙の中を読み始める。
『零紫くんへ。これを読んでいると言うことは、そう言うことなんだよね。本当にごめん。こんなにいきなりだもんね。でも思い出してくれないキミも大概だからね!? さて、ダラダラと手紙を書き綴るのもいいけど、それはボクらしくないから話を変えるよ』
「……あいつらしい手紙だな」
そのまま読み進めて行く。
『ボクの分身は今朝、つまり四月八日の七時ぴったりに動かなくなった。ボクが自殺をしたのはそのちょうど一年前さ。
なんでこんな大事な事を言わなかったかって言うとね、敵の異能力が厄介だったせいだよ。その異能力は呪いでねぇ、十日で完成する呪いだったよ。でもただの呪いじゃなくて、〝それがボクにかけられている〟と言う事を他者が知ると、〝その他者に対して死の呪い発動する物〟だったんだ。だからお母さんにも、キミにも喋れなかったんだ。言い訳させてくれ』
その下は、俺と過ごした七日間について書き綴られていた。そしてとうとう最後の文となった。
『なんやかんやで語ってしまったよ。これで最後だ。ボクがキミと過ごした七日間は一番最高な日々だったよ。――――。本当にごめんよ。さようなら。美空より』
「…………」
途中で修正液で直した部分がある。
俺は手紙を裏返して、その部分を読み取る。俺はつい、それを声にして読んでいた。
「〝キミと一緒に生きていたかった〟……。ッ……!!」
ギリッと歯を鳴らし、伊集院さんのそばに近寄る。
「なんだよこれ……! こんな別れかたはないだろうが!!」
拳を強く握りしめる。それも、爪が食い込んで血が出るほどに。
「『一緒に生きていたかった』だと? ふざけんな! 俺も一緒に生きていたかったに決まってんだろ!!」
伊集院さんと出会った日。俺の日常が崩れ落ちたときから、世界は途端に輝き出してみえた。
特殊能力があったからかもしれない。けど、一番の理由はお前がいたからなんだよ!
「何か策はなかったのかよ……! 答えてくれよ……!!」
――泣き叫んでも伊集院さんは戻ってこない。五月蝿いだけだ。
でも……痛かったら、泣きたくなる。
心に激痛が走っている。
光線が足を貫いた時よりも、屋上から落ちた時に骨折した時よりも痛い。
この人生であった痛みのランキングの一位は、今日、今ここで更新された。
「――――」
俺は膝から崩れ落ち、伊集院さんから貰った宝石を握り締めながら泣きじゃくった。
ただただ、泣いた。声が嗄れるまで。
泣きつかれるまで泣いた。
ああ……いってぇ……――。
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「いつでも遊びに来てもいいからね」
豪邸の玄関で玲美さんがそう言う。
俺はただ一言「ありがとうございます」と言い残し、この場を立ち去った。
俺は歩みを進める。家に帰るために。
誰もいない……一人の家に。
一人で……そう、一人で……。
はぁ、と深い溜息を吐き、下を向きながら道路を歩いている。
分厚い雲が青い空を覆い尽くしている。いつもより空が近く感じられ、重力が強くなったかのように足が重い。
ヨロヨロとふらつきながら歩いていると、誰かにぶつかってしまった。
「イテッ。す、すいません」
「ああ、大丈夫ですよ」
謝りながら顔を上げ、そのぶつかってしまった人を視認する。
――悪魔だった。
目の前にいるのは黒髪の男であったが、黒く曲がったツノに禍々しい翼。尻あたりから生える尻尾。邪悪な瞳と尖った耳。
お世辞にも『人間』だなんて言えない見た目だった。
自然と殺意が湧いた。
もしかしたらこいつが伊集院さんに呪いをかけた張本人かもしれない。
違くても、『悪魔』という単語が思い浮かんだだけで苛立ちが募る。
「私の名前は――エウジェニオ・ネーロ。あなたは嘉神零紫、ですよね?」
「……なんで名乗らないといけないんだよ」
「そうカッカなさらないですかださいよ。場所を移しましょう」
ピリピリと俺の肌に電流が流れる。そして次の瞬間、あたりは黒い風が集まりだし、俺たちを包み始める。
ああ、チクショウ。感傷にすら浸らせてくれないのかよ!!
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