第6話

「見つけた!」


 慌てて靴を履き、外へ出るとすぐに伊集院さんが男の姿を見つけていた。

 かという俺も、なぜか一瞬だけどその男がどこにいるかわかった。空間が少し、歪んで見えるのだ。


「中々に厄介な異能力だなぁ……。零紫くん急ぐよ! ――ってどうしたんだい!? 眼が痛いのかい?」

「い、いいや……なんでもない。大丈夫だ。早く追おう!」

「うん……。眼は――


 伊集院さんに話しかけられると、痛みはスゥッとなくなった。

 俺たちは男を追いながら話を進め始める。


「さっき『特殊な眼』って言ってたけど、それなんなんだ?」

「ああ、それじゃあボクの眼について説明しておこう。ボクの眼は〝宝珠眼ほうじゅがん〟という名前をした眼なんだ」

「ホージュガン?」

「うん、宝珠眼は、ある一つのことに特化することができる眼だ。ボクの宝珠眼の名は――金剛石眼ダイヤモンド・アイ。特化しているのは〝防御〟だ。この眼によってボクの防御魔術は強化されるし、素の防御力も強化されるんだ」

「ああ、成る程。だからさっきは攻撃系の魔術をしていなかったのか」

「できないわけではないけれど、防御魔術に比べると威力もだいぶ落ちるし、精密性があまりないんだ」


 ポケットをゴソゴソと探り始め、細いひし形をして、紐がついた空色のクリスタルを渡された。


「零紫くんにあげるよ」

「えっ!? ……悪いが借金はしたくない」

「タダに決まってるだろう! 宝珠眼が開眼する時、たまに暴走する時があるんだ。

 キミの宝珠眼――紫水晶眼アメシスト・アイは〝攻撃〟や〝破壊〟に特化しているから暴走したらひとたまりもない。このクリスタルはキミがもし暴走した時、抑えてくれる……と思う」

「確証ないのかよ……。ま、まあ不安だから一応持っておこう」

「この眼はまだ謎多いんだよねぇ……」


 説明を受けている最中も、クリスタルをもらった時も、男との距離が全く縮まらない……というか、わざと縮めていない気がする。


 男は次に、非常用階段に登り始め、屋上へと向かい始める。

 屋根を伝って逃げるつもりだろうか。


「よし、これで距離を縮められる!」

「なぁ、なんで距離を縮めなかったんだ?」

「距離を一気に詰めてしまうと、多分焦りが出て無作為にあの光線を放ってくるだろう? すると、民間人にも当たってしまう。だが、屋上だったら人はあまりいないだろう」

「成る程な……。だけど俺たちも早く階段登らないと逃げられるぞ!」

「あ〜、安心したまえ。階段なんか登らなくてもいい。こうするのさ!」


 何かいい策があるのかと一瞬、ほんの一瞬だけ期待して、俺は今、壮絶な羞恥心に包まれている。

 なんせ、公衆の面前で、伊集院さんに軽々とお姫様抱っこされてるからだ。

 その超絶恥ずかしい状態のまま、伊集院さんは空中を歩いて屋上まで向かっている。


「おい! これは一体どういうことだ!!」

「これはねぇ、足元に結界を貼って空中を歩けるように――」

「違う! なんで俺がお姫様抱っこされなきゃいけないんだ! 普通逆だろ!」

「ボクをお姫様抱っこしたいのかい? ……ちょっと気が早いんじゃいかなぁ〜」

「そ、そうことじゃないって!」

「照れんなって〜♪」

「お前のその楽しそうな顔がムカつく!!」


 羞恥心に包まれている一瞬のうちに屋上まで到着し、俺たちは男に追いつく。

 到着したらすぐに降ろしてもらった。


「撒いたと思ったとによォ〜……」


 スゥーッと透明化を解除し、男の不機嫌な顔が露わになる。

 伊集院さんは男から視線を逸らさず、自分のバッチを掴みながら話を始める。


「……ふむ、今連絡があった。キミの名は――ルーカス。アメリカ出身で現在三十五歳、独身。異能力は、指から光線を放ったり、ある程度の光を操り、辺りと同化できたりもする……か」

「はぁ……、情報ダダ漏れかよ」

「まあそう言うことだよ。もうすぐにでもボクの仲間が来るだろうし、ここで捕まっておいた方が重い罪にはならないだろう」


 見事に蚊帳の外だった。なんせ、戦えないし、なんの情報も知らないただの一般人だからな。


「悪いが俺も……負けられねぇんだよォォ!!」

「っ! 零紫くんこっちへ!!」

「うぉう!」


 ほんのちょっとぼーっとしていると、突然伊集院さんに手を引かれた。

 辺り一面は光の豪雨。伊集院さんが貼ってくれている結界がなかったら今頃風穴だらけだろう。


「う〜ん……。零紫くん、この光の雨が止んだら、この光線の射程外まで下がるんだ。ケリをつける」

「お、おう……」


 なんか情け無いな、俺。なんの力も持っていないから仕方ないんだけどなぁ。

 ひしひしと劣等感が押し寄せて来る。


「ゼェ……ハァ……!」

「よし、零紫くん下がれ!」


 男が攻撃をやめ、息を切らし始めたと同時に伊集院さんがそう叫ぶ。

 言われた通り後ろに下がり、自販機があるところまで下がった。


 光線が入り乱れ、それを華麗に舞って避けながら魔術で弾く伊集院さん。つい見惚れてしまった。


 前からこんなことをしているのならば、一体なぜこんなに派手にやっているのにニュースとかに ならないのだろうか。


「ん……? なっ、なんだあれ!?」


 伊集院さんたちの真上には、巨大な凸レンズのようなものがあった。光をチャージしているように見える。

 あれで伊集院さんを貫くつもりだろうか。

 だんだんとその輝きは増しているが、伊集院さんは光線に気を取られて気がついていないようだ。


「くそっ……! どうすれば……」


 辺りを見渡す。すると自販機が目に入る。

 ポケットには丁度よく電車に乗る時に使って余った小銭がある。


「……一か八かだ……!」


 自販機に小銭をぶち込み、水を購入。

 そして、光線が乱れ合う方へと走り出す。

 だがそれと同時に男は手を天に挙げ、思い切り振り下ろす。

 そして、乱れ合う光線は消え、凸レンズから光が発射されそうになる。

 伊集院さんは気付かず男を拘束しようとしていた。


 光線の嵐の中に近づくのはめちゃくちゃ怖い。

 正直、『俺が助けに入らなくても伊集院さんなら大丈夫なんじゃないか?』なんて思っている。

 けど、ほんの数パーセントぐらいの確率で負けてしまうかもしれないなんて思ってもいる。

 出会って初日だけど、なぜか伊集院さんを失うのが恐ろしく怖く感じているんだ。

 理由なんてそれだけでいい。ただ本心でそう思ったのなら、俺は自分の心に忠実に従うまでだ。


 だから――動くんだ!!


「うおぉおおおらァァ!!」


 俺はペットボトルのラベルを剥がし、凸レンズに向かって投げつける。

 光線が発射されるがペットボトルに当たり、それは屈折する。

 伊集院さんに当たるのは免れた。だがしかし、その光線は俺の方へとやってきている。

 そして――。


「うぐぅ! いっ……てェェ!!」


 光線は俺の右ふくらはぎを貫いた。

 激痛が走り、血が吹き出る。


 痛い痛い! バカみたいに痛い!!

 目尻に涙が溜まってて、今にも溢れ出そうなぐらい痛い……!

 なんでこっちに光線屈折して来るんだよ! どんな確率だよ!!


「れ、零紫くん!?」

「ぐ……今がチャンスだ! さっさと捕まえるんだァ!!」


 後ろを振り向いて俺の方へやってこようとしている伊集院さんにそう伝える。

 俺の出血大サービスで作ったチャンスがなくなってしまうからな。


「クソガァァ!!」

「ふんっ!!」


 伊集院さんは、殴りかかる男を、片足で躓かせて地面に倒し、そのまま腕を絡めて身動きできなくした。

 そして手首と足首に手錠のようなものをつける。


(〝一件落着〟ってか……。いってぇ……!)


 こうして、謎の光線マンの襲撃事件は幕を下ろした。

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