帰ってください


 少しやり過ぎたか。いくら魔王だからと言って、無抵抗の奴に攻撃したのはあまり気持ちのいいものでは無いな。

 まあだがそんな事も言ってられん、人類の希望を背負った戦いに綺麗事は言ってられない、俺は魔王を倒すためここまで来たのだ、過程がどうあれ結果が大事だ。


「痛った」


 魔王の声? あり得ん、アレを喰らって無事なはずが無い。

 現に俺の目の前は、壁という壁に大穴があき、瓦礫の山となっている。

 ……ん、瓦礫の山からゴソゴソ音が、


「痛ッテテテ、ねえ、マジ何してくれてんの? 信じられないんだけど。はっきり言うけどコレ殺人未遂と器物破損、並びに不法侵入で逮捕案件だからね?」


 何を言っているんだ、この目の前の魔族は? これは、現実か? 瓦礫の山から這い出て来たアレは魔王なのか? 兜が脱げ、顔が露わになっているが、なんて恐ろしい顔面なんだ。


「ねえ、聞いてる? 頭可怪しいんじゃないの君? いきなり他人の家勝手に上がり込んで魔法放つとかそれもうテロじゃん」

「アレは魔法では無い。技だ」

「どっちでもいいは!」


 あ、あり得ん。アレを喰らって少し鎧に傷が付く程度で済むはずが無い。

 ……なるほど、喰らう直前に何か魔法でも使ったな? しかし、アレを防ぐ魔法があるとするならばかなり厄介だな。


「ねえ、コレ我じゃなかったらとっくに殺人犯だからね?」

「フン、人間を殺しても殺人という感覚がない貴様が、初めて自分の命が危険に晒されてやっと気づいたか」

「いや、は? 何言っての君?」


 心底腹が立つ、コイツは本当に人間の生き死になど興味が無いのだろうな。

 罪悪感が無いから俺の言っている事も理解できないという訳か。ならばコイツには命の大切さというやつを、身を持って知ってもらう必要がある。


「魔王、俺は貴様を倒す以外にもう一つやらねばならん事があるようだ」

「???」

「それは、お前に命の大切さを知ってもらい、今まで殺戮してきた人間に懺悔させることだ!」

「いやちょっと何言ってるか分からないけど、帰ってくれねえかな!!」


 魔王、貴様には俺の鉄をも切り裂く太刀たちを喰らってもらう。その痛みで貴様はやっと気づくだろう、それこそ貴様が無差別に振り撒いてきた死の恐怖というやつだ。


「魔王、覚悟はいいか?」

「は?」


 勇者の持つ剣が光を放ち輝く。

 眩い光はまるで白昼の野外のように室内を光で充満させた。

 剣を構え魔王に向かい一飛び、ブワっという音と共に一瞬で魔王の目の前まで到達すると、勇者は渾身の力を込め剣を振るう。

 鉄をも切り裂く一振りが魔王に襲いかかった。


「危っぶな!」

「!?」


 ……は? な、何故俺の太刀筋は途中で止まっている? 何故目の前の魔族は平然と立っている? ……まさか俺の剣がこれ以上進まないのは、さっきから俺の刄に触れている貴様のその手が止めたとでも言うのか?

 あ、あり得ん! 勇者の渾身一撃が手のひらで受け止められた、こんな馬鹿な話があってたまるか!


「ねえ、コレめっちゃ殺意持った一撃だよね? 流石に言い訳できないよコレは」


 クソ! 魔王と俺の間にはこんなにも力の差があるのか!? ……いやだが待て、冷静に考えろ俺。目の前の光景に惑わされるな、コイツが衝撃の瞬間に魔法を使った可能性もある、俺が認知できない速度で詠唱したなら無くは無い可能性だ。


「貴様、何か魔法を使ったな?」

「は? 魔法なんて使ってねえけど」


 まあそれはそうか。仮に使っていたとしても、わざわざ自分の手の内を晒すような事は答えんか。


「いいだろう」

「止めろ、その全てお見通しみたいな顔ムカつくから」

「貴様のその魔法、俺が暴いてくれるは!」

「『暴いてくれるは!』じゃねえよ! お前の考えてる事、多分何一つ合ってねえから勝手に盛り上がるの辞めてもらっていいかな?」


 コイツにも何か弱点があるはずだ。剣での物理的な攻撃が通用しないと分かった以上、魔法攻撃に望みを託すしかない。

 しかし、俺はあまり強力な魔法は使えんからな……まあだが試してみる価値はあるか、何か突破口を掴めるかもしれん。


「え? ちょっと何すんの? まだ何かする気?」

聖 な る 炎セントファイヤ

「熱っつ!」


 なるほど、コレは振り払うか。ならばお次はコレでどうだ?


電 流カレント

「うお、ビリっときたー」


 コレは片手で受け止める、


水 流 波すいりゅうは


 ん!? コレは飛び上がって避けたな……なるほどコイツはもしかすると水系の魔法が弱点の可能性があるな。


「おい、床水浸しじゃん! お前コレちゃんと拭いて帰れよ?」


 クソ、もっと試してみたいところだが、これより強力な水魔法は俺には使えない。


「聴こえてますかー?」


 どうしたものか……色々試してみたが俺の力不足感も否めん、魔王を早く倒して人類に希望をもたらしたいが、急がば回れという事もある。


「分かった、もう床のことはいいから帰ってくれ」


 クソ、魔王を目の前にして逃げるなど勇者のする事では無い。しかし、これ以上闇雲に攻撃するもの得策とは言えない、くっ……


「魔王よ、今日のところは帰ってやる」

「はい?」

「俺は決して逃げるのでは無い。立て直すのだ」

「さっきから何言ってるか分んねえけど、せめて『ごめんない』の一言くらいあってもいいんじゃない?」


 ああ、癪だ。魔王を目の前にして立ち去る。俺のプライドが、辞めてくれと叫んでいる。


「魔王、俺は後日必ず貴様を倒しに戻ってくる」

「は?」

「それまで精々余生を楽しむんだな」

「ふざけんな! もう来んな!!」

 

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る