第2話 「わたしは耳が良い」

わたしは耳が良い。

幼い頃から人より遠くの物音が聞こえた。

一見すると優れた能力に見えなくもないが、わたしにとっては必要ない能力だ。

なにせ耳が良くて助かった事よりも悪い事の方が多いのだから。


 かくれんぼでは負け無し。しかし仲間外れにされたことは数知れず。

「あの娘強すぎてつまんない。誘うのやめよ。」

父の不倫の電話も聞こえてしまった。その直後に両親は離婚した。わたしが小学校低学年の時だ。

「お前のせいじゃないか。」

聞こえたくない罵声。聞きたくない悪口が嫌でも耳に入ってくる。

耳がよくて良かったことなど何もない。

たった一つもーーーー。

「助けて」

突如ハッキリと聞こえた言葉にわたしは振り向く。

街中に流れる雑多音の中にか細く聞こえる幼い声。

「助けて!誰か助けて!」

恐らくわたしにしか聞こえてないであろうその声を無視することは出来なかった。

わたしは声のする方へ走り出した。


 進めば進む程に山へ向かっていく。

しかしわたしは走る。近づけば近づくほどに泣いているのがわかる声の主へ向けて。


 山道を駆け上がるとそこには二人の少女がいた。一人は血を流して意識はない。

そしてもう一人は泣きながら側で叫んでいた。

声が枯れるほどに。

わたしは力強く頷き、笑ってみせた。

「大丈夫!」


 その後は救急隊員を呼び、すぐさま少女二人は病院に連れていかれた。

結論から言うと少女は無事だったそうだ。

わたしは歩きながら病院で少女とその母親に言われた事を思い出していた。

母親は泣きながらわたしの服を掴んで何度も言った。

「ありがとう。」


 わたしは耳が良い。

幼い頃から人より遠くの物音が聞こえた。

耳が良くて色んな事があったが。

耳がよくて良かった事なんて何もないーーー……事もないらしい。

わたしは公務員試験の用紙を手に街を歩いていた。

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