第7話

 俺は今、猛烈に舞い上がっている。

 夕日が照らす部屋の中。

 スマホを眺めては、すぐに画面を消して、また見てしまう。

 もう口角が上がってしかたがない。こんなに嬉しいものなのか。女子に誘われるというのは。

 俺のスマホ画面には日曜日、つまり明日に会う約束をした文章。その中にはデートの文字が踊っている。

 映画館デート。映画を見ると決まっただけでこんなに胸が高鳴ったのは初めてだ。


「うわ、滅茶めちゃニヤける……」


 凛とはあれから学校では何度も会って、彼女の家へはもう一回行った。

 相変わらず学校ではからかわれてるけど。

 家に行った時ははヤりはしなかったものの、一緒に色々話したり。お菓子を出してもらったりした。


「これで良いのかもな……」


 彼女が死のうとしていた日に止めておいたから今、こんなにも嬉しさに悶える事ができる。

 良いことするもんだな。

 そうと決まれば服選びをしなければならない。といっても俺の服は基本的にパターンができている。


「襟付きの半袖しかねぇ………」


 そうポロシャツなどの襟付きの服に、下はジーンズなどの長ズボン。場合に合わせて上着を羽織はおる。

 これって女子から見たらどうなんだろう。

 いける。いけると思う。いけると信じろ。いけてくれ。


「ぜんっぜんわからねぇっ!」


 女性の意見が欲しい。

 しかし俺には凛を除いて女友達はおろか、姉も妹も、歳が近く、こういう事を聞ける女子の知り合いはいなかった。

 仕方なく俺はリビングへと降りると、母に意見を求めた。


「ねぇ普段の俺の服装ってどう思う?」


 母は不思議そうな顔をしたが、すぐに笑みをこぼした。


「え、なに? そんなお年頃になったの?」


「そんなんじゃないけどさ……」


「まぁ、珍しいわぁ」


 母は少し俺をからかうとようやく真面目な意見を出してくれる。


「海斗の服、黒が多いじゃない?」


「まぁ、合わせやすいし……」


「だから、ちょっと色ものとか白入れたら良いと思うのよね」


「なるほど……」


 やっぱりこういう時の意見は実に参考になる。

 しかも、親の意見だから安心感が違う。


「でもさ」


 母が頬杖をつきながらこちらを眺めている。


「珍しいわね、海斗がおしゃれに気を使うなんて」


「なんで?」


「珍しいわよ。海斗に彼女さんができるくらい珍しい」


「遠回しにバカにしてない?」


 いや、実際そうなんだけど。


「まぁ、いい子ができたら紹介して欲しいね」


「いつかね」


 母は一瞬目を細める。


「まぁ、楽しみしてるわ。あと、前に買った白の靴。あれ使ってみたら?」


「いや……あれサイズあってるかわから……」


 うちの親の言うことは聞いた方がいい場合が多かった。

 時に反抗して逆のことをしてよく失敗している。

 それのせいで俺はそれ以上言えなかった。


「わかった、使ってみる」


「随分素直でいい事いい事」


 俺はリビングを後にし、部屋へと戻る。


「言った方が良かったかな……」


 親には何も言っていない。凛のことも、歪な関係も、ヤったことも。

 でも、言ったら言ったでめんどくさそうだ。

 かといって、何も言わないのも苦しいものがあった。


「でもうちの親、察しいいからどうせ気づくだろ……」


 独り言を漏らし、持っている服とにらめっこをする。

 かなり悩んだものの、最後は己の感覚でいく。服なんて自己表現の一つだって家庭科で習った。はず。

 ようやくできあがった組み合わせ。紺のブラウスに黒のデニム、後は白の靴履いて行けばいいだろう。


「朝早く起きれるかな。待たせちゃ悪いし」


 彼女との待ち合わせ時間は十時。

 平日だったらもう起きている時間だが、休日はいつも昼まで寝ているから不安だった。

 いや、生活きちんとしろって話なんですけど。

 着ていく予定の服はもう一度たたみ直して机の上へ。

 ここに置いておけばすぐ分かる。

 準備を終え、明日はどうせやる暇ないから無駄に多い宿題を手抜きで終わらせる。


「お風呂沸いたよ〜」


 下の階から母の声。妙に静かな家の中。

 そうか、今週は父は帰ってこないんだったな。

 俺は早めに入浴を済ませ、寝る準備も一通り終える。


「明日、誰かと遊ぶの?」


 再びリビングに行くと、母は何か楽しそうにそう訊いてきた。


「まぁ友達とね」


「誰?」


「同じクラスの奴」


「それじゃ分からないでしょ」


「母さんは知らない子」


 母はそれ以上は聞かず、席につくように促した。

 テーブルには夕食の用意ができていた。


「早く寝なさいね」


 食事をしながら母が言う。


「そのつもり」


「そっか……お金はあるの?」


「まぁ多少は」


 それを聞くと、スッと目の前に何かが差し出される。


「はい、これ」


「いやこんなに使わないし」


 目の前に出てきたのは一万円札。母なりの甘やかしなのだろう。

 かなり嬉しいものの、流石に申し訳なくも思う。


「久々に新しいお友達できたらなら、少しぐらい奢ってあげなさいな」


「わかった」


 母はこういうとこ上手いんだよな。


「まぁ海斗は男だしねぇ……慣れって意味もあるけどね」


 男は女に奢れって文化は古いとは思っていたが、今回は黙って受け取ろう。


「ありがと」


「楽しんできなさいな」


 その夜、俺は興奮してごろごろしていたのまでは覚えていたが、いつのまにか寝てしまっていた。

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