第2話 私を逮捕して下さい

 おはようございます。今日は新しい店に初出勤の日です。遅れないように少し早めに出たら早すぎて、店の中に誰もいません。待っていると氷の会社の人が来て「いつもお世話になっています」と、私に挨拶をしました。


 キャバ嬢に挨拶をする取引業者の人は初めてみました。この人がお客さんならいいなって思いました。


 そのうちフロアマネージャーが来て、店長が来て、女の子が来て、6時になって全員が揃い、朝礼が始まりました。

 そして新人の私が紹介されました。私が「珠理です。よろしくお願いします」って言うと「よろしくね、ジュリ」と言って、拍手をしてくれた子がいました。ネームプレートを見るとその子が彩さんでした。


 私が前の店で呼ばれていた、綾とおなじ発音の子です。

 会うまでは偽物のアヤと思ってたけど、すごくいい子でした。


 写真を撮る時その彩さんが私の洋服を直してくれて、肩のゴミを「フッフッ」て吹いてくれました。

 今日は氷屋さんと彩さん、二人いいに人に会いました。


 それで、今日の最初についたお客さんは若い瘦せた人で、あまり話し上手じゃない感じでした。キャバクラに初めて来たように感じました。

 あまり積極的に話をするタイプじゃないと分かったので、私がなんとかしようと思いました。

 私はお客さんの左側に座ったので、左横顔をみたんだけど普通でした。

 それで、挨拶をして正面の顔を見たんだけど、顔の真ん中に一本縦に線を引くと口が右に出ちゃうんです、線を口の真ん中にあわすと鼻が左に出ちゃいます。

 つまり鼻から下が少し曲がってるのね。

 

 もちろん、こんなこと絶対に言っちゃダメなんだけど、この商売はお客さんの特徴を早く覚えなくちゃならないのです。

 つぎに来店した時に、顔と名前を覚えているのは、お客さんへの礼儀です。

 それで「なにかスポーツやってましたか?」って聞いてみました。

 その人は「いや別になにも」って言いました。私は「ボクシングをやってた人みた い」って言いました。

 痩せた人とスポーツの話しをする時は、ボクシングを話題にするのがキャバクラの定番です。

 お客さんより私の方がまだ慣れてないお店なので、定番通りにやってみました。


 顔がまがってるから、「殴られてまがったの?」なんて言っちゃダメですよ。

 これはキャバ嬢でなくたっ言っちゃ絶対ダメです。


 彼が「ボクシングの選手はだれが好き?」って聞いたんだけど、本当はボクシングのことはなんにも知らないから「明日のジョーかな、お客さんちょっと似てるから」って言ったら「えっ、本当!」と言って、すっごく喜んでくれて、その後は趣味のことなどいろいろと話が盛り上がりました。


 本当は似てるところは、髪がバサッとしてるところくらいなんですけどね。

 それで、普通は15分ごとに女の子は変わりますけど、店内指名にしてもらいました。(店内指名とは指名のないお客さんの席に付いた後、指名に切り替えてもらうことです。指名料が2,000円くらい掛かります)


 それでその人と1時間以上話ました。その人の名前は村上圭司さんと言います。

(名前を出すことは本人の了解を頂いています)


 村上圭司さんがお帰りの時「村上刑事、私は悪い女です、逮捕してください」って言ったら「お前を絶対、逮捕しに来る」って約束しちゃいました。私はほんとうに悪い女なんですよ。顔がまがってるなんて。それなのに村上刑事さんは素敵です。

 だって許してくれた上に逮捕しに来てくれるのですよ。

 村上刑事さん、いや村上圭司さんもとても素敵ないい人でした。

 この人なら捕まって何をされてもいいなと思いました。

 今日はとても良い一日でまた明日が楽しみになりました。


 それじゃあ、今夜もおやすみなさい




  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る