仕事辞めました

納棺師の仕事

 私は、納棺師と呼ばれる仕事に携わっていました。

 正確には納棺師補助をしていて、例えば死化粧などは納棺師にしか行えません(あくまで私のいた職場では、の話です)。


 ただし、納棺師とともに現場に行き、故人様の旅立ちの支度(ご宗派によりこの言い方は変わります)をさせていただくため、この場では納棺師を名乗らせていただくことにします……。


 四月から別の仕事に就くわけですが、納棺師の職場のみなさん、こころよく「頑張ってね」と送り出してくれました。




 さて、せっかく節目なので、納棺師業務を振り返りたいなあと思いました。ぶっちゃけ日記です。


 ここから、故人様の話が出てきたりします。

 具体的なことは守秘義務を守るために話せませんので、私の個人的な体験をメインで話します。


 苦手な方はご注意ください。





 納棺師は故人様の身支度を整える仕事なので、これまでいろいろな故人様とお会いしてきました。


 死因。死後何日経過しているか。どういった環境でお亡くなりになったか。

 そういったことがご遺体の状態に影響してきます。


(ここで、念のためもう一度。こういった話が苦手な方はご注意ください。)




 ご遺体には独特の臭いがあります。これは亡くなったらご状態が変化するにつれ、どうしても出てきてしまう臭いです。


 死臭や腐敗臭と呼ばれたりします。この呼び方に否定的なお気持ちを持つこともあるかもしれません。


 しかし私は、生き物が命を終え、そのからだが役目を終えて腐敗していくことはごく自然だと感じるため、敬意を持ってこの呼び方をさせていただこうと思います。


 どうしてもセンシティブな話題になってしまいますね……ご容赦ください……。




 ご遺体の体内でティシューガスというものが発生している場合、腐敗臭が強くなります。


 仕事を始めたばかりは、人が亡くなるとここまでからだの状態は変わるのかという衝撃も含めて、辛かったです。


 しかし比較的早く慣れました。

 おそらくですが、納棺師の前職でスーパーの清掃の仕事をしていたことが大きいと思います。




 スーパーの清掃では、仕事の最後に生ゴミを掻き集めてゴミ捨て場に運びます。重労働です。

 鮮魚と精肉と揚げ物のコーナーで出る生ゴミはそれぞれ臭いが違います。いずれも強烈ですが……。


 ゴミ捨て場ではそれらが混ざり合い、ゴミ回収車を待つまでの間腐敗し、最凶のハーモニーを奏でます。


 色々言いましたが清掃の仕事もやりがいはありました。

 商品陳列やレジ打ちの係が知らない裏方作業をしているワクワク感があり、作業場が綺麗になっていく達成感が味わえました。

 この辺の話はまたいつか機会があれば……。


 清掃の業務で強烈な臭いを体験してきたこともあり、納棺師の現場でも、割り切る、ことに耐性があったのかもしれません。




 しかしそうは申しましても、故人様の臭いと、清掃業務で感じていた臭いは、明確に違います。

 これが納棺師の現場での死臭を「独特の臭い」と表現した理由です。




 なぜ臭いに関する話ばかりしてきたのか白状しますと、不思議な体験をしたからです。


 休日、夕方頃にスーパーで買い物をしていました。

 陳列棚(レトルト食品やお菓子コーナー)が並んでいるところに、中年というには若いかなくらいのご夫婦がいました。


 白Tシャツの旦那さんがカートを握っていて、奥さんが商品を選んでいる、その横を通り抜けようとした時、死臭がしました。


 これは、かなりティシューガスが発生していないと感じない臭いで、例えばご遺体以外の魚や肉や油が腐敗した臭いとは明らかに違う、と直感が言いました。


 ぞわゎぁぁ、と足の先から鳥肌が上ってきて、思わず不自然に、進行方向とは逆に戻りました。


 そのご夫婦が自宅に遺体を隠していて、今も助けを呼ぶように遺体は腐敗し続けている……という妄想が広がりかけました。


 もしかしたら私の勘違いかもしれません。

 

 葬式場で今しがた故人の方とお会いになっていた……にしては軽装すぎます。


 もしくは加齢臭とか(失礼……!)。


 汗の臭いだったかもしれません。

 故人様は亡くなる時汗を掻いておられたこともありますし。豚肉や牛肉等の生ゴミに汗の臭いが反映されることはなさそうですし。

 単なる汗の臭いを反射的に死臭と同じだと感じてしまった可能性はあります。とはいえ……。


 冷静になろうと考えてみますが、いまだにどんな事情があったのかわかりません。





 ここまで書きまして、あ、もしかして夢に故人様が出てきた体験談のほうが読んでいただけるだろうか、と思いつきました。


 とは申しますものの、故人様が夢に出てこられること自体は頻繁にありますので、私のなかで不思議という感覚は薄れてますね……。


 そして恐怖もないことが多いです。

 それは必ずどの現場でも、絶対故人様にもご家族にも後悔させない! 満足していただけるお別れにするんだ! という使命感を持っていたからかなと思います。


 故人様には「精一杯、心を込めてお見送りしました。だから化けて出てくる必要はないですよ。ゆっくりお休みください」という気持ちで接しています。


 ですので、呪われるかも、憑いてくるかも、などとは考えたことがなく、怖くはありません。




 あ、ですが、最近ひとつ不思議な体験、ありました。


 納棺師の仕事を辞したその夜。


 夢に、五年前に亡くなった祖父が出てきました。葬式場に祖父が故人として寝ていました。


 私は祖父のお世話をしました。つまり納棺師の仕事をしていました。


 マッサージして死後硬直を解き、布団の上でからだをタオルで拭き上げて、兄弟の手も借りながら死装束に着替えさせました。


 実際には、五年前、私が葬式場に到着したときには、すべて身支度整って棺に納められた祖父としか会えませんでした。


 夢のなかで祖父は私に支度を任せてくれました。

 これまで納棺師を続けてきたことへの労いだったのかなあと感じます。


 幸せな時間だったなと、思います。





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仕事辞めました @kazura1441

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