大きなタイヤと木の下で

@takaftgt

第1話


「あー、最悪。またパンクした」

ヒルクライム中、イガ栗をを踏み、本日2度目のパンク。

「予備のチューブも無いし、パンク修理キットは品切れ中。さて、どうしようか」

サドルバックの中を確認するも携帯修理キットは既に使いきった後。

連日の走行でパンク修理キットを補充せず走りに来たのが運の尽きであった。

いつもなら、行く前に補充する。とういうか、買いに行く。

今日はたまたま、秋の天気がよく勢いのまま走りに出てしまった。

「さてさて、どの道展望台まではもうすぐだし、少し自転車押していくか」



「あー、いい天気。紅葉も奇麗だし、パンク以外は言う事はないかな」

山頂の展望台にいる、山桜にもたれかかり少し紅葉鑑賞としゃれこむ。

ボトルケージに着けてきた紅茶を飲みながら、他の登頂者を待つために休憩を画策していた。

あわよくば、登頂してきた自転車乗りから予備のチューブを譲ってもらえたら、自転車に乗って下山。

無理ならピンディングシューズからクリートを外し徒歩で下山。その後、最寄りの自転車屋さんまで徒歩かなと考えていたら、林道の方から大きな音がしてきた。

地鳴りに近い音。エンジン音は聞こえない。自転車のホイールのラチェト音に近いものが聞こえてくるから、マウンテンバイクかなと考えていれば、何かとてつもない大きなタイヤと大きな体のお兄さんが飛び出してきた。


「大きなタイヤと木の下で」



「?????? ファットバイク??? そして籠にバケットとリンゴ?? リアキャリアにリアバック???」

唐突な予想外の光景に理解が追い付かず、頭が困惑しだした。


曰くそれは タイヤ大きすぎ

曰くそれは 車体重すぎ

曰くそれは タイヤの抵抗が大きすぎて速度維持がきつすぎる

曰くそれは 規格が特殊すぎてパーツの調達に苦労する

曰くそれは 究極の浪漫主義


「ああ、先客さんだね。ごめんね、反対側借りるね」

なれた手つきで折り畳みのスタンドを用意し、自転車を立たせ、リアキャリアにつけたバックからシートとシングルバーナーと何らかの器具を取り出しお湯を沸かしだした。

フロントフォークに着けられた二つのツールボトルから出てきたのは、コーヒーミルと珈琲豆

「お兄さん、手慣れてるけど相当好きなの?」

余りの光景に思わず声をかけていた

「ん? ああ勿論。この時期に山頂で頂く朝食は好きだよ。ちょくちょくしてるよ」

「重くない? 見た所クロモリファットでしょ?」

「ファット乗りに軽さなんて概念はないよー」

あっ、この人行きつく先まで行った人だ。

全員が全員というわけではないけれど、どんな趣味でも独自路線に走る人はいる。

車体をよく見ればわかる

籠のついたファットバイクというイメージだけで見れば、スポーツ的な遊び方はしてない街乗りメインだと思うだろうけれど、フレームについた傷がそれを否定する

「珈琲できたけど飲みます? 良ければバケットとリンゴも。あと座布団も」

「あっ頂きます」

思わず受け取ってしまった座布団をお知りにひき、珈琲を口に着ける

「豆はブレンドですか?おしいですね」

「それは良かった」

珈琲で気がそれてしまったが、自転車の観察は終わらない

フレームはSurly製。アメリカのスチールフレームのみを主体とするメーカー。一部では浪漫枠といわれるメーカー。

ただし、フレームの信頼性が異常に高い。速度レンジのみを優先と考えなければ、実用性、多様性、耐久性は頭がおかしいとか言われる。

事実利便性が高く、愛用者は多い

ハンドルはカーボン。800㎜程度の長さにしてるのは車体の取り回しを考えた結果だろう

ステムは地味に製造中止になってて現行では入手困難なRooX。

ヘッドセット、BBは目立たないがハイエンドパーツ。

ドロッパーポストはGIANT。ここだけ何でこのメーカだろう?入手性?

変速機は12速。グレードはGXだから中間くらい。

ブレーキはマグラMT5か。しれっとドイツ製。

クランクはレースフェイスのアルミ。これは恐らく日本での入手難度を考えて敢えて比較的予備パーツが手に入りやすく、強度が高い金属製にしている。

傷が多いのはフレームと一緒。

チェーンとスプロケットは、ああこれは馬鹿だ。

サクッとハイエンドパーツだわ。何万するんだこれ。定価では確か、この組み合わせで入門機のロードバイクは買える。

ホイールは単純にエグイわ。

自転車趣味の初心者は銀色のハブとスポークで安物の扱いするだろう。

一見クラシカルなイメージ出してるけど、リムはカーボンだし。この規格のカーボンリムってそもそも日本に何本あるの?

ハブの刻印見れば、わかるけどああ、馬鹿な人だ。

メーカー公式で第3世代って謳ったHYDRA

高精度、高強度、高回転故に、ファットバイクでは珍しいハイエンドハブ。

需要がニッチすぎて速攻製造中止になったけれど。

ディスクローターは前後ともに203㎜ 規格最大級。


結論 この人完全に実用主義の人だ。

車体とパーツの組みあわせでわかる。

浪漫主義と趣味性に走ってる見た目だけど、車体構成は実用一点張り。

ずっとファットバイクに乗ってきて、遊んできた人だ。



「見終わった? 珈琲のお代わりいる?」

「あっ、いただきます。すいません、マジマジ見てて」

「お気になさらず。珍しいもんね。ファットバイク」

「いや、車種もそうですけど、サラッとえげつないパーツ構成してませんこの子。しかも割とマニアックの方面にも走ってるし」

あっ、珈琲吹いた

「いや、それがわかるお姉さんこそ何者よ? ホイールは普通の女の子のロード乗りはわからんよ」

その一言でわたしは自分の背中を指さした。

「ああ、『ちーむなちゅらる』の人ね」

サイクルジャージにプリントされたチーム名は地元のショップが主として企画するチーム名。


唯々自由に

同じ空の下で自然体で笑顔に遊ぶべしという想いの下結成されたチーム


故に自由人が多い

マニアックな人も多い

故に群れず、互いの情報を知らない人が多い



「そういう事です。私はロードもMTBも乗るのでそれなりにMTBのパーツ構成も詳しいのですよ」

「そっか。で、お姉さんのロードパンクしてるけど直せるの?」

その一言で思い出した。

「あー、すいません。今日はたまたま修理キット持ってなくて。チューブレス用の修理キット可能なら譲ってもらうことできませんか?」

おおよそ、ホイールのサイズが違っても、修理キット自体はある程度融通が利くようにできている。

チューブレスタイヤは特に構造上パンクした場合は対本体の穴を塞ぎ、漏れ止め材であるシーラントと穴を塞ぐ材料さえあれば修理ができる。

特に舗装路と違い、未舗装路を走るMTB系列は冗談抜きで修理キットの有無が生死を分ける(遭難の危険性)ことがあるため、基本的に持ち歩いている。

「あーいいよいいよ。やったげる。ちょっと待っててね」

バックパックから修理キットを取り出し、ロードバイクのタイヤをチェックする。

小型の十徳ペンチでイガ栗の針を抜き取り、そこに修理キットの矢を差し、新しいシーラントをホイールのバルブから注入。

後は只管携帯用の空気入れで空気を入れる。

「はいよ。これで問題ないよ」

「ありがとうございます。また、後日お礼をさせて頂ければと思いますが……」

その言葉に彼もまた、上着を脱ぎ、背中を指さす

プリントされたチーム名は……


『ちーむなちゅらる』


「マジですか。てことは森のくまさんさんですか?

えっ、ちょっと待ってくださいよ。噂では仕事で日本各地に飛び回ってて中々こっちにいないっていう??

いつ帰ってきたんです???

メイン車体はとりあえず全部パーツ変えるとかいう森のくまさん???

いや、言われてみればファットバイクの異様なカスタム具合は確かにあの人だ

あの奇人変人シリーズの一人???

マジですかー。確かに体は大きいですよねー

ツチノコ発見した気分ですよーー!!」

「すごい言われようだね」

私のテンションの振り切れ具合に思わず彼は苦笑していた



それは大きな木の下で大きなタイヤと大きな体の持ち主との初めての出会い

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