激情の皇女と不器用地味剣士〜魂が入れ替わった二人は最強!国を飛び出したら魔物が溢れてるんだけどとりあえず全部ぶっ倒してもいいよね?〜

あゆう

炎の皇女と地味剣士

 とある王国のとある王城。

 そこにはとてもとても美しいお姫様がいました。

 その姿は、腰まで届く燃えるように輝く赤髪に見るもの全てを見透かすような大きな琥珀色の瞳。


「あぁっ!? 目付きが悪いのは生まれつきだっつーの!」

「姫様!? 言葉遣いを直してくださいませ!」


 豪華絢爛なドレスに包まれた雪の様な白い肌は穢れを知らず、真紅の唇は艶やか。


「ちっ、相変わらずヒラヒラヒラヒラ動きにくいな。……よし、破こう。あ、この肉おかわり」

「姫様ぁぁぁ! そのドレスは一流の店に特注して制作に一年もかかった高価な物なんです! あとお肉を生で食べないでください! そんなのどこから持ってきたんですか!? あぁっ! ドレスに血がぁぁぁ!」


 少女のような愛らしい顔。そこから零れる声はまるで天使の歌声。


「ゲェェェプッ……ちと食いすぎたかも?」

「人前でそのような下品な事、絶対になさらないでくださいね……。特に今日はお見合いもあるのですから」


 歩く姿はまるで風に揺れる花のよう。


「さてと、食後の運動にちょっと修練場でも行こっかな。ダッシュで」


 あらゆる人に優しく、国中の人から聖女と呼ばれ。


「きゃあっ! 姫様!? いきなりスカートめくるとか……なにするんですか!?」

「う〜ん? もう少し色気のある下着付けないと惚れた相手落とせないんじゃない? 騎士団の副団長が好きなんだろ?」

「ちょっ! なんで知ってるんですか!? それよりも早くスカートから手を離してください! 見られちゃいます」

「あ、副団長だ」

「イヤァァァァッ!」


 誰からも愛され……


「ひいっ! 姫様が来たわよ!」

「嘘でしょ? はやく逃げないと」


 愛され……


「あのバカ娘は今度は何やらかしたんだ!?」


 愛さ……


「ベイク騎士団長〜♪ ちょっと手合わせしよ〜♪」

「姫様。私はちょっとこれから用事が……」

「えーつまんない。まぁいっか。魔法の試し撃ちでもするか」

「ちょっ! それは待っ──」

「燃え尽きろ、【炎浄えんじょうの滝】フレイムフォール】」

「ぎゃあぁぁぁ! 全員逃げろ! 壁と宿舎が吹き飛ぶぞ!」


 ──訂正。誰からも問題児扱いされる彼女の名前はジルコニア・レーベン・フォルト。

 ここ、フォルト王国の第三皇女にして国内随一の魔力の持ち主。わがまま、傲慢、粗暴の三拍子揃った暴れん坊姫。それがジルコニア。炎の様に荒ぶる気性の為、影では炎の皇女と呼ばれている。

 彼女は今日も我が道を歩く。


「ふぅ、すっきりした。ってなんだこれ?」


 ジルコニアは自身の魔法によって吹き飛んだ騎士団の宿舎跡に近づくと、地面に転がっている二つの指輪を拾い上げる。造りは非常にシンプルで、どちらにも三つの小さな宝石が埋め込まれていた。


「ん、これ結構可愛いじゃん。もーらおっと」

「姫様! それはいけません!」

「え、なに? ダメなの?」


 ジルコニアが指輪を持って立ち去ろうとした時、顔面が煤まみれになった騎士団長であるベイクが慌てたように声をかけてくる。


「それは先日捕まえた違法商人から押収したものです。微妙に魔力を感じるのですが、どんな効果があるかも不明なのです。対になっている為、恐らく何かの魔道具かと」

「ふ〜ん。えい」

「あ……」


 ベイクが止めたにも関わらず指輪を自身の指に嵌めるジルコニア。


「何も起きないけど?」

「付けてはいけないといった傍から貴女という人は……」

「そいえば対になってるって言ってたな。えい」

「あーっ!?」

「ん、やっぱり何も起きない」

「ですから、対と言いましたよね? 相手があってこその物なんだと思いますよ? はぁ……」


 ベイクは呆れ顔で大きなため息。ジルコニアはその姿を軽く睨みつけた後、再び指輪に視線を移す。


「相手……ね。ふひっ! ねぇ団長〜? ちょっといい?」

「ひ……姫様? いったい何をしようと? なぜ近付いてくるんですか? なぜ指輪を一個だけはずしたのですか? 姫様? ひめさまぁっ!?」

「逃げるなっ! 試して見ようぜ! 逃げるなら……燃やすぜ?」

「横暴すぎるっ!?」


 ジルコニアはベイクの手首を掴むと、手にした指輪を無理やり嵌める。


「団長指太いな。小指しか入んないじゃん。けどまぁいいや。よし、嵌った! これでどうだ!」

「なんてことを!!」


 ジルコニアはそう叫んで手を上に上げる。

 しかし、何もおこらない。


「ダメじゃん。何も起きないじゃん。つまんない。部屋に戻ろっと。あ、指輪返せ」

「ですからそれは押収品ですから!」

「うるさいうるさい。何も起きなかったんだから別にいーじゃん。んじゃね〜」


 そう言ってボロボロになった修練場から出ていくジルコニア。


「指輪の力もよくわかんなかったし、魔法ってただ撃つだけだからつまんなくて不完全燃焼なんだよな〜。もっとこう……前線でガンガン戦うようなスキルが欲しかったや。あ、今からの予定も確か無かったし、ちょっとストレス発散に城から出てみるか。そうと決まれば……」


 ジルコニアには自室に入ると、専属のメイドを部屋の外に追い出して鍵をかける。そのあとすぐに抜け出し用の地味な服に着替えると大窓を開けて城下を見下ろす。そして──


「さぁて、今日はなんか面白いことあるかな? そうだ。色んなやつにこの指輪をはめてためしてみるか!」


 そう言って窓から飛び出した。



 ◇◇◇



 さて、場所は変わってここは城から見下ろした先の城下町。そして、そこから城壁を超えて更に西に行った先にある森の中。

 そこでは、一人の少年が両手に持った鈍色の剣を持って一匹の熊のような魔物と相対していた。


「…………シッ!」

「ンギィィィィッ!」


 少年の掛け声と共に横凪に走る剣閃。それと同時に首と胴体が離れ離れになる魔物。


「ふぅ……。これで依頼分は達成かな」


 そう呟くと討伐証明となる腕を切り落として持ってきていた革袋の中に入れる。


「はぁ〜怖かった。なんでボクのスキルは近接系のなんだろう。本当は魔法使いになりたかったのに……。魔物が目の前とか怖すぎる。それにしても最近魔物多いなぁ。ただの討伐依頼なんて前まではほとんど無かったのにな」


 と、そこで前方の茂みから物音。少年は腰から抜いた置いておいた剣を手に取って構える。


「誰だっ! ってただの動物……じゃない!?」


 そこから現れたのは血まみれの猪。その腹部には大きな槍が刺さっていて、それを手にしていたのは……


「スケルトン!? なんでこんな所に! ダンジョンにしか出ないはずなのに!」


 スケルトンやゴースト系の魔物はダンジョンにしか現れない。それがこの世界での常識だった。しかし今、少年の目の前ではその常識が崩れていた。


(しかもナイトスケルトンなんて下層にしか出ないハズ。ましてや物理攻撃が効きにくい。魔法が使えないボクじゃ時間かかるな。逃げるか? でも一体だけならボクでも倒せる。それからギルドに報告に行って調べてもらった方がいいか。逃げてる間の被害も防げるし。怖いけど……)


「……よしっ!」


 少年は足を踏み出し、ナイトスケルトンに剣を向けた。しかし、


「がっ……! な、なに!? 魔法!?」


 突然横から飛んできた炎の塊に吹き飛ばされ、体は地面に叩きつけられる。すぐにその魔法が放たれた先に視線を向けるとそこには新たなスケルトンが立っていた。いや、いたのはそこだけではなく、少年を取り囲むように立ち並ぶ複数のスケルトン達。ナイトスケルトンだけではなく、魔法を使うスケルトンウィザードまでいる。


「そんな……!?」


(いつの間にこんなに! いや、そうじゃない。なんでこんなに地上に出てきているんだ!)


 スケルトン達はカタカタと骨を鳴らしながら血肉を求めてゆっくりと少年に近づく。


(くっ、数が多い。それにこれだけ囲まれてると逃げ場も……ここで死ぬのか? それは嫌だ! こうなったらなるべく数が少ない所に突っ込んでなんとか逃げるしか──)


 そう覚悟を決めたときだ。


「切り刻め、【風刃の檻】ウインドプリズン」

「えっ!?」


 突然聞こえた声と同時にスケルトン達の一部がバラバラになって吹き飛ぶ。


「おいおい。なんか魔力の塊を見つけたと思ったら面白いことになってんじゃん? あたしも混ぜろよ」

「だ、誰!?」


(今の魔法は何? 今まで見たことがない。それに……浮いてる?)


 そこに現れたのはジルコニア。飾り気の無いワンピース姿で宙に浮かびながら腕を組んでニヤリと笑っている。

 それを見たスケルトン達は一定の距離を保ったままで動かない。


「あたし? あたしはジ──いや、そうだな……コニーちゃんとでも呼んでくれ。で、お前は? この状況はなんなんだ?」

「僕はアクセル。アクセル・イングラム。見ればわかるだろ? ダンジョンにしか出ない魔物が地上に出てきてるんだ。君は魔法が使えるんだろ? こいつらには魔法が有効だから助けてくれると嬉しい。この数だから倒すのは無理だろうから、なんとかして逃げてギルドに伝えないと大変なことになる!」

「しょうがねーなぁ。けど条件がある」

「この状況で条件!? なに? 早く言ってよ! 今は君の魔法を警戒して距離を取ってるみたいだけど、奴らいつ襲ってくるかわからないじゃないか」

「なに、簡単なことだ。ちょっとこの指輪付けてくんない? いろんな奴に試してもらったけど何も起きなくてさ。そいえば冒険者にはまだつけてもらってないなーって。あと、じゃなくてコニーちゃんな?」


 ジルコニアはそう言って指輪をアクセルに放り投げた。


「これは……なに? なんの指輪なの?」

「さぁ? そんなに心配すんなって。ほら、あたしも同じの付けてんだからさ」

「…………わかった」


 アクセルは納得した訳では無いが、手をヒラヒラと振って見せつけてくるジルコニアの指には確かに同じものが光っている。そして特に何か変な様子は、女の子のわりに口調が荒々しいこと以外に見受けられない。何よりもスケルトン達がだんだんに動き始めた為、このままだと死が待っているのは明らかだ。だからそれより悪いことなんてないだろうとの判断で指輪を付けた。


「……?」

「ちっ、何も起きないか。まぁいいや。とりあえずコイツらぶっ飛ばしたらソレ返せよ」

「わかった。だけどお互い生きてたらね! 来るよっ!」

「指図すんなっ! ……押し流せ! 【水壁すいへきつちアクアインパクト】」


 ジルコニアがそう叫ぶと巨大な水の塊が三体のスケルトンウィザードを吹き飛ばす。


「剣技、【破刃はじん】」


 アクセルはナイトスケルトンの武器を目掛けて剣を振り、その槍の先を砕く。


 その事に二人は確かな手応えを感じて更に攻める。


 しかし所詮は即席コンビ。連携なんて取れる訳もなく、次第に自分達にとって相性の悪い敵との戦闘に持ち込まれてしまう。そのうえスケルトンは減ることなく、むしろ増えてきていた。


「くそっ! 逃げながら魔法撃つとか慣れてねぇんだよ! もっと離れろ!」


 ジルコニアは前に出たがりの魔法使い。しかし接近戦に持ち込まれては詠唱の暇すらない。


「また遠くから魔法ばかり! こう距離があったら反撃できないのに……っていきなり正面から!?」


 アクセルは後衛で戦いたかった剣士。反撃出来ない距離からの魔法攻撃を受け続け、視界が塞がった途端に目の前に突っ込んでくるナイトスケルトンへの恐怖で動きが僅かに遅れてしまう。


 そして二人はお互いに相手の戦闘スタイルを見て、胸の奥でこう思った。


(())


 と。その瞬間、二人の頭に声が響く。


『リプレースリング所有者の意識のリンクを確認。マインドストーン、スキルストーン、フィジカルアビリティストーンの使用許可を申請…………クリア。フルリプレース──コンプリート』


「は?」

「え?」


 二人を襲うほんの僅かな意識の喪失。

 そこから覚めた時、お互いの目に映ったのは自分の姿。


「はぁぁぁぁぁぁっ!?」

「えぇぇぇぇぇぇっ!?」


 それもそのはず。二人の意識と体は、指輪の力によって入れ替えられたのだ。

 だか、その事実を精査する暇もなく自分達の目の前には迫り来る魔物。


「やばっ! ……え?」


 ジルコニアの体になったアクセルは咄嗟に体を魔法で宙に浮かばせて距離をとる。


「邪魔くせぇ! お? ……ふぅ〜ん。なるほど」


 アクセルの体になったジルコニアは握りしめていた剣で槍を払い、その返した刃でスケルトンの首を真っ二つに切り落とす。


(な、なにコレ? 魔法の使い方が……わかる!)

(そういうことか。これがあの指輪の力ってわけか。おもしろい!)


「おい! 確かアクセルって言ったな。どうやらこの指輪はお互いの体を入れ替える魔道具みたいだ! そしてお前の頭の中にも流れ込んでくるんだろ? その体の使い方が」

「た、確かにそうだけど、何てものを付けてくれたんだよ! これ戻れるんだよね!?」

「さぁ? 知らねえなぁ! だけどまぁ……とりあえずは目の前のコイツらをぶっ潰してからだ! それにこの体はあたしの性格と相性が良いみたいだしな。お前もそうだろ?」

「〜〜っ! あーもうっ! 後でちゃんと説明してもらうからね!」

「はっはー! なにも説明できることなんかねぇよっと! 行くぜ! 剣技、【雨突うとつ……双連!】」


 ジルコニアは嬉々として魔物の密集地帯に突っ込むと、恐ろしい速さで刺突の雨を降らせる。そして先程までとは全く違う動きに為す術なく体を四散させるスケルトン達。

 それを見たアクセルも目を見開く。


「なっ! あんな技知らないんだけど!? って見てる場合じゃない。ボクだって!」


 アクセルは目の前で魔法を撃とうとしているスケルトンウィザードと、その背後に控えるナイトスケルトンを見ると両手に魔力を込める。


「なんとなくわかる。この魔法はこんな風にも使えるってことが。──左手には【風刃の檻】右手には【水壁の槌】……合成。囲み穿て!【風絶水針ふうぜつすいしん】」


 そう言ってアクセルが両手を前に出すと、スケルトン達は風の刃の檻に閉じ込められ、その中を無数の水の針が隙間なく飛び交う。一度放たれた針は、檻の中を風の力の反射によって止まることなく飛び続け、やがてスケルトン達は跡形もなく消え去った。


「すごい……これが魔法を使うって感覚なんだ……」

「おぉぉぉい!? なんだそれなんだそれ! そんなのあたし使った事ねぇぞ!?」

「し、知らないよそんなの! それよりもボクの体と声でって言わないで!」

「はぁ? それを言うならお前だってって言うな……いや、それはそれで良いかもな。我ながらこうしてこの体から見てもあたし──じゃなくて俺って美少女だし、ボクっ娘ってのも中々似合うじゃん。つーかお前が中に入ってる時の方が可愛い女の子っぽくてなんかムカつく」

「そんなのいいから早く終わらせようよ! 早く戻りたいんだから」

「はいはい。そんじゃサクッと終わらせますかね」


 そこから始まったのはまさに蹂躙と言っていいほどの圧倒的な暴力。

 ジルコニアはアクセルも知らない剣技を駆使して最前線で敵を切り刻み、アクセルはそれを援護するように後方から状況に応じた魔法を撃ち続ける。


 やがて辺りから魔物の気配は全て消え、残ったのは二人が倒した魔物が残した魔石のみになった。


「疲れたぁ……」

「あー! 楽しかったぁ! やっぱり戦いってのはこうじゃないとな!」


 アクセルは地面にペタンと座り込み、ジルコニアはその隣で満足そうに笑う。


「楽しくなんてないよ。ほら、早く元に戻ろうよ」

「せっかちだなぁ。っとその前に……」

「え? ……ひゃあっ! な、なにを!?」

「自分でも形や大きさは良い感じだと思ってたけど、こうして他の体で触るとこんな感じなのか。これは……クセになるな」


 ジルコニアは何を思ったのか、アクセルが入っている自分の体の胸をいきなり揉み始める。


「やっ! ちょっ! やめてってば!」

「やだよ。だって俺の体だし。つーか変な声出すなよ」

「そ、それはそうだけど! なんか……なんかこう変な感じするからダメだよ! それより早く元に戻ろうってば!」

「わかったわかった。って言ってもわかんないんだよな。指輪外せば戻るんじゃないか?」

「あ、そっか」


 そして二人は指輪に手をかける。


「…………あれ?」

「取れねぇな」

「え、嘘でしょ!?」

「いやマジで。どうすっか?」

「どうすっか? じゃないよ!?」


 すると再び頭に響く謎の声。


『フルリプレース解除まで──残り二十時間』



「つーことは?」

「明日までこのままってこと?」


 そして見つめ合う二人。


「嘘だぁぁぁぁぁ!!」

「やったぁぁぁぁ!!」



 鬱蒼と生い茂る森の中。その中で戦闘によって木々がなぎ倒されて出来た空間。


 そこに全く正反対の叫びが、ポッカリと空いて見える青空に吸い込まれていった。



 これが炎の皇女と呼ばれた姫と、ただの地味で不器用な剣士の出会い。

 そして──始まり。

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