第5話

「ねえ、この黄色い帽子、どうにかなんないの!」

 メロディが鏡の前でしかめっ面を作ると、シャンプーは真剣な面持ちで相づちを打った。


「ゆーしいぜんの代物みたい!」


「有史以前に幼稚園なんかないでしょ、なに言ってんの?」

 同じく黄色い帽子を被ったキャンディがたしなめた。


「えーッ、幼稚園ないの?知らなかった。ねえ、ゆーしってなに?」


「あのね~、知らない言葉をむやみに使わない。会話が意味不明になるでしょ!」

 キャンディはいい加減にしてよね、とそっけなくあしらったが。最近、長女の自覚が芽生えたメロディが、末っ子シャンプーに親切に教えた。


「有史以前って言うのはね、人類の歴史が始まる前のこと。人間がいないんだから幼稚園もなかったの」


「えッ、そうなの?でも、メダカは学校に行くんだよ!」


「それって昔の童謡でしょ。いったいどこで聴いたの?」

 キャンディは幼くして常識をひと通り押さえていた。三つ子きっての現実主義者なのだ。


「パパ上のオーディオライブラリだよ。ねえ、どじまんってなに?」


「ど・じ・ま・ん?それ、何なの?」

 さすがのキャンディも面食らって聞き返すと、シャンプーは唇を尖らせて声を張り上げた。


「わからないから聞いてるんだよ。ねえ、どじまんってなに?」


「知らないわよ!メロディ、知ってる?」

 

「聞いたことないよ。シャンプー、いったいどこで聞いたの?」


 メロディは首を傾げて言った。


「パパ上のオーディオライブラリだよ。ねえ、どじまんってなに?」


「あんた、あのライブラリを聴いてんの?二百年分はあるわよ」


「うん。まだ半分しか聴いてないけどね。ねえ、どじまんってなに?」


「ねえ、メダカの学校を聴いたのはどのライブラリ?」

 ようやく事情を理解してメロディが的を射た質問をした。


「令和のどじまんだよ。令和はわかったけど、どじまんって辞書に載ってないもん」


「あのね、シャンプー。令和のど自慢なの!」

 キャンディが呆れて言い聞かせた。が、いつだって自分を基準に考えるので、説明がもの足りないのである。


「だから、そう言ってるの!」

 シャンプーはふくれっ面になる。キャンディは物分かりワルいんだもん・・・


「だから、どじまんじゃないの。のど自慢なの!」


「えーッ、どこが違うの?のどじまんてなに?どじまんじゃないの?」


「シャンプー、令和、で切らないから間違えたの」

 メロディが優しく説明した。


「あーッ、そっか!わかった、れいわだ!ねえ、のどじまんてな~に?」


「歌合戦のこと。歌がじょうずな人が勝つの」


「やっとわかった!」


「シャンプー、なんで二百年も前のライブラリなんか聴いてるの?」


「だって、視聴覚ライブラリの映像は全部見ちゃったんだもん」


「うそでしょ~?シャンプー、あれを全部見たの!?」

 メロディが目を丸くして尋ねた。パパ上の部屋の映像は五百巻はあるのに!


「うん、見たよ。だから今はオーディオ。でも聴くのは早送りできないもん」


「そう言えば、シャンプーは速読の名人よね~」

 納得がいったメロディが言うと、ウンザリしたキャンディが口を挟んだ。


「なんで二百年も前の歌の話を延々としてんの?わたしたちタイムスリップしちゃってない?」


「えーッ、ノヴァはタイムスリップできるの?わたし、できないよ!」


「シャンプー、バカ言わないの。タイムスリップなんかできるわけないでしょ!」


「そうなの?じゃあ、将来の夢はタイムスリッパの開発にしようっと!」


「なんなの、タイムスリッパって?」

 メロディが尋ねた。


「履いたらタイムスリップできるタイムマシンだよ、知らないの?」


「知るわけないでしょ!そんなものないんだから」

 キャンディが言った。


「うん、まだないよ。だって、これから開発するんだもん」


「あんたね~、タイムスリップてなに、なんてオチにしないでよね。この黄色い帽子だけで頭痛がするんだから」


「タイムスリップなら量子力学の本で読んだもん。ねえ、オチってなに?」


 と、またも議論が紛糾する間際に、運よく助け船があらわれた。


「お姫さまたち、幼稚園に行く時間だよ!」

 匠が階段の下から声をかけると、三人は異口同音に歓声をあげた。


「やったー、幼稚園だ!」


「わたしたち、いま見事にハモったわね~」

 キャンディが言うと、メロディーが気を利かせた。


「シャンプー、ハモるっていうのはね・・・」

 このレトロな家は21世紀のアナログ住宅のレプリカだ。メロディとキャンデイの後について、階段を一段ずつ両足を揃えてトントン降りながら、シャンプーが口を尖らせた。


「ハーモニーの略だよ。知ってるもん!」


「すごーい、常識が身についてきたじゃない!」

 キャンディが言った。


「幼児のための略語辞典に載ってたもん」


「幼児のための略語辞典?そんなのあった?」


「まだないよ。不肖わたくしめが目下鋭意執筆中」


「シャンプー、大人をからかうんじゃないの」


「うん、わかった。ねえ、ハーモニーってなに?」


「あんた、略語より常識をいちから勉強したほうがいいわね~」


「常識なら知ってるよ。一般の人が共通に持つ、または持つべき普通の知識や意見や判断力のこと。ねえ、ハーモニーってなに?」


「シャンプー、辞書を読んだって常識は身につかないよ」

「朝から会話が支離滅裂になっちゃったじゃない」


 メロディとキャンディが口々に言うと、シャンプーはヒョイと最後の一段から飛び降りながら尋ねた。


「ねえ、ハーモニーってなに?」


 

 一階に着いた三姉妹は匠に駆け寄ってひしと抱きついて声を揃えた。


「パパ上、おはよ~!」


「またハモっちったね、わたしたち」

シャンプーがうれしそうに言った。


「三人とも制服がよく似合ってるよ。うーん、どこから見ても立派な幼稚園児だ!」

と、匠が言った途端、三姉妹は「えーッ?」と一斉に顔をしかめた。黄色い帽子を被った頭を寄せ合ってひそひそ話を開始した。


「ねえ、パパ上のファッションセンスって、恐竜並みに時代遅れだって思わない?

 メロディがささやくと、シャンプーが言った。


「えーっ?パパ上は恐竜なの?驢馬じゃないの?」


「今はね、制服の話をしてるの」

とメロディ。


「じゃあ、団結権を行使して黄色い帽子断固拒否ハンガーストライキする?」

とシャンプー。


「あんた、こ難しいことだけはよく知ってんのね」

とキャンディ。


「でも、お腹空いたから、ハンガーストライキは先延ばしにしようっと!」

 誰が何と言おうとシャンプーは何時だってマイペース。


 匠は吹きだしそうになるのを懸命にこらえていたが、運よくアロンダがダイニングから声をかけた。


「メロディ、キャンディ、シャンプー、朝ごはんよ!」


「やったー、朝ごはんだ~!」

 三姉妹は歓声をあげて駆け出した。


 アロンダの介入によって、ようやく三姉妹の議論は決着した。しかし、シャンプーのひと言で結論は先送り。


 なし崩し的に黄色い帽子を被って幼稚園に通うことに。

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三姉妹は新人類 深山 驚 @miharumiyama

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