最終話 不運だけど不幸じゃない、伝説の勇者の剣

 酒場に入ったリティーナとルルディさんは、表の日差しから逃れられて安心したようにフードを脱いだ。日差し避けのためのローブは必須で、そのためぼくの定位置はリティーナの背中から左の腰になった。

 大陸中央を横切るニアナシア大山脈から南は全体的に温暖な気候で、秋でもそれなりに暑いらしい。剣のぼくには関係ないけど、慣れていない二人にはつらそうだ。緋色の竜神が住まうという南の果ての聖域に近づくほど暑くなるようで、南方の大体中部に位置するこの国でもすでにかなり暑いみたい。

 様々な人種や種族でごった返す酒場の中で、深緑の民とエルフはさほど目立つ存在ではない。けど、二人の整った容姿ゆえか、冷やかすように口笛を吹く男性の冒険者が何人かいた。適当に愛想笑いで受け流しつつ、二人は空いているテーブル席に着く。


「あ、おにいさん、水を二杯と、今日のおすすめ定食四人前お願い」

 ルルディさんは近くを通りかかった店員さんに慣れた様子で注文をする。店員さんはリトルステップの男性だった。年齢不詳だけど、背は人間の大人の半分くらいだ。

「はいよ。おや、そっちの剣士さんは深緑の民かな」

 深緑色の瞳を持つ民族は、大陸全土を見渡してみても深緑の民しかいない。なので、知識がある人が見ればすぐにわかってしまう。けど、ウェリスと違って、南方の人はあんまり気にしていないみたい。直接の関わり合いがないっていうのがやっぱり大きいんだろう。

「半分だけね」

「そうなんだ。混血ってのは珍しいね。あ、そうそう。深緑の民といえば、ウェリス国の勇者の話、聞いたかい?」

 リティーナとルルディさんは顔を見合わせると、

「さあ?」と首を傾げた。

「なんでも、魔王と相打ちになったらしいよ。先代勇者で兄でもあるカリュプスの仇を取ったんだって」

 あれから大体三か月以上経って、魔王退治の話はようやくこっちにまで伝わったらしい。テレビも新聞もない世界だからね。情報が伝わるのには時間がかかる。

「そうなんだ」

「それでさ、その勇者、驚いたことに、王女なのに深緑の民との混血だったんだって。……そういえば、きみとおんなじだね」

「偶然ね」

「王女様には感謝しないとね。彼女のおかげで、ウェリス国民の深緑の民に対する態度がずいぶん軟化したらしいよ。今ならきみもウェリスに戻っても大丈夫じゃないかな」

 どうやら、店員さんはリティーナのことを難民みたいに思っているみたいだ。実際、追放前や解放後、敵対していたベレーギアを除いた他の国に流れた深緑の民は少なからずいたと思う。

「そのうちにね」

「あーあ、うちの国にもカリュプスやリティーナみたいな人がいたらな。我が物顔で居座っている司魔将、早く何とかしてほしいよ。小競り合いばっかで、ずっと膠着状態なんだもの」

 そう、この国にはまだ司魔将がいるのだ。小国ゆえに王も領主もあまり戦力を有していない。

 魔物との戦いにも冒険者の手を借りなくてはいけない状態で、司魔将討伐に戦力を割く余裕はないらしい。

 どう答えたものか、リティーナは思案顔になった。それを見たルルディさんがやんわりと割り込む。

「おにいさんごめん。悪いけど、あたしたちお腹が減ってるの。注文を通してもらってもいい?」

「おっとごめんよ。すぐに伝えるから、ちょいと待っててね」

 おしゃべり好きな店員さんは、軽やかな足取りで厨房へと向かっていった。


「一応、司魔将と戦う前に国王に謁見した方がいいのかな? それとも最寄りの領主?」

 声を潜めて、ルルディさんが尋ねる。

「どっちにしたって無理でしょ。ただの冒険者に会ってはくれないと思うよ」

 リティーナは死んだことになっているのだ。身分を明かすわけにはいかないし、そもそも信じてはもらえないだろう。

「やっぱそうか。んじゃ、無断で行くしかないね」

「倒したら、いつものように誰がやったかばれないうちにさっと逃げよう」

 勇者なのにやることが通り魔じみている。

 実は、司魔将倒してとんずら作戦は初めてではない。リティーナたちは、これまでに二体の司魔将を屠っていた。

 魔王に比べたら楽勝、というわけではなく、いずれもかなりの強敵だった。

 魔法にしろ肉体の頑健さにしろ、魔族の強さっていうのは桁外れだ。それこそ勇者じゃないと、まともに太刀打ちできないんじゃないだろうか。

 国や領主からしてみれば、自分たちの戦力を送り込んで返り討ちに合うよりも、通りすがりの冒険者、もしくは勇者が倒してくれるのを待ちたくなるだろう。そんな存在、そうそういないんだけどね。

「うげ、ムシがあるじゃん」

 運ばれてきた料理を見て、ルルディさんが眉をしかめた。お皿の上には大量のサソリの唐揚げが載っていたのだ。

「お客さん、サソリは初めてかい? 食べてみると結構いけるよ」

「知ってる。リティーナに無理矢理食べさせられたから。でも、見た目がね……」

「リティーナ? あれ、ウェリスの王女様と同じ名前だね」

「偶然ね」とリティーナはさっきと同じ言葉を繰り返す。

「ふうん? まあいいや。ごゆっくり」

 店員さんが去ったのを見届けて、

「リティーナも有名になったね」とルルディさんは片目をつむって見せる。

「同じ名前の別人だってば。王女は死んだんでしょ」

 リティーナはサソリの唐揚げを一つつまみ、口の中に放り込む。

「そうだったね。さ、あたしも食べよ」

「食べ終わったら、司魔将を倒しに行こうね」

「お、ねえちゃんたち、ずいぶんと景気のいい話をしてるな」

 と、リティーナたちの話が聞こえたのか、隣の席の男性冒険者が話しかけてきた。いぶし銀のベテラン冒険者って感じだ。

「よかったらおじさんも一緒に行く?」

「やめとくよ。命がいくつあっても足りねえや。大サソリ退治でもひいひい言ってるのによ」

「大サソリ退治も大切でしょ」

 近隣では大量に出現した大サソリによって、多数の被害が出ている。なので、大サソリ駆除は冒険者にとって大切な仕事だったりする。

「まあな、ねえちゃん達も無理すんなよ」

 おじさん冒険者は笑って食事に戻る。

 

 ここまで旅をしてきて思ったんだけど、南方は平和には程遠い。聞いた話では北東のベレーギア国でも魔物との戦いが続いているらしい。

 魔王は確かに倒れたけど、大陸全土に目を向けるとまだ司魔将は残っていて、魔物と人の戦いは今も続いている。いつ終わるのかは、誰にもわからない。

 それでも、いつかきっと、すべての司魔将は倒れ、戦いは終わるだろう。

 なぜって、勇者がいるから。リティーナだけじゃない。司魔将や魔物と戦う人は、他にもいるのだ。皆が諦めない限り、世の中は今より少しずつでも、よくなっていくだろう。

 食事を終えたリティーナたちが席を立つ。

「おう、もう行くのか。気をつけてな」

 おじさん冒険者が手を振る。

「ええ、ありがとう」

「あ、そうだ。おじさん、お願いがあるんだけど」

 ルルディさんが、大事なことを思い出したかのように言う。

「なんだい」

「司魔将が倒れても、あたしたちがやったって言わないでね」

「っ! ははは、そいつはいいや。わかった、内緒にしとくぜ」

 冗談だと思ったのだろう。男は大笑した。ほどなくしてもたらされるであろう、司魔将が倒れたという知らせを聞いた時のこの人の顔を、見てみたい。どんな顔するだろう。

「それじゃ、行こうか」

 リティーナは左腰に装着したぼくを軽く叩く。

『そうだね、行こう』

 魔王を倒してめでたしめでたしでは終われない。現実には続きがあって、勇者はその続きを生きていかなくてはいけない。

 過酷な宿命を背負って生まれた勇者に、安寧の時が来るかどうかはわからない。人々は、彼女の幸が薄いと言うかもしれない。それは部分的に当たっていて、部分的に間違っている。

 なぜなら、彼女は自分が一人ではないことを知っているから。

 運が悪いのは事実だけど、リティーナにはぼくがいるし、ルルディさんもいる。帰りを待っているケントニスさんたちもいる。

 はじめは剣なんてと思っていた。でも今は違う。剣でよかった。勇者の、リティーナの剣でよかった。一番近くて、一番力になれるから。

 ぼくは、リティーナの側でずっと一緒に戦い続ける。

 不運だけど不幸じゃない、伝説の勇者の剣として。

                                         終

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不運な勇者の伝説の剣 ~思い通りにいかないのが転生なんて割り切りたくないけど~ イゼオ @shie0901

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