第32話 会議≡会合

 講義の終了後、明日からの土日に浮かれる同期生たちを横目に、僕は研究会に向かう。ちなみに涼は講義が終わるなり、飛び出して行ったので予定があるんだろう。元気なことだ。


 サークル活動にいそしむ学生達も、同じ方向に歩いて行っている。中学も、高校も部活動は帰宅部一択だったので、こういう「放課後」の雰囲気はちょっと新鮮だ。

 

 いつものようにノックして部屋に入る。

中には、亜子先輩と最上先輩が座っていた。


「お疲れ様です。遅くなりました。」


 僕は空いている椅子に座った。

亜子先輩は対面でタブレット端末を開きながら、何かを検索していた。


「じゃあ伊吹も来たことだし、打合せを始めるか。」


 そう言って亜子先輩が顔を上げる。


「まずは夏の予定からだな。」

「......巡回の予定があるとかの話じゃないんですか?」

「そんなつまらん話はあとでいいだろ。先ずは遊びの予定を決めないと」


 ウキウキと、亜子先輩がタブレットの画面を見せてくる。

そこには、「特集!夏旅行といえば!」というポップな文字が躍っていた。


最上先輩はとりあえず我関せず という態度をとっている。


「......何でそんな話を急にするんです?」

「急にってわけでもないんだ。毎年夏の恒例でな。『眷属』は巡回をこなすと、そこそこの金額が手に入るから、変なことに使う前にこういう所である程度消費させてしまえ という感じで、旅行だったり遊びに行ったり色々予定を組むんだよ。」

「......そんなになるんですか?」

「結構な金額だぞ。既に2日も行ってるから、もう夏の旅行分ぐらいは出してもお釣りが出る額は支給されるだろ。」


 なんと。


「というわけで、希望を募ってどこに行くか決めるんだ。予定が入ってたらそれも調整するからな。どこか行ってみたいところはあるか?」


 わくわくした顔で、タブレットをこっちに差し出す。

サイトをスクロールすると、いくつか候補が出てくる。


「去年は北海道とかに行ったからな。今年はできれば南に行きたいと思ってるんだ。」


 亜子先輩は楽しそうに、言った。

どうだろう。僕もそんなに旅行に行ったことがあるわけでもないし、どこか行きたい所といわれても思いつかない。

 南か、と思ったところでふと昨日のことを思い出した。


「石垣 とかって遠いんですかね。」

「なんだ?行きたいのか?」

「いや、友人が行ったらしくて。あまり行きたい所といわれても思いつかないので。」


 なるほど、離島か。それも面白そうだな。と先輩がWEB検索を始めた。

本当にこの人は、何をやるにも楽しそうだ。


僕は、調べ始めた先輩からそっと離れて最上先輩に視線を向ける。


「......これが目的で呼ばれたんでしょうか?」

「......一応違うはずよ。伊吹くんが来るまでに既に一時間以上、行先で悩んでるから。」


 最上先輩の反応が薄いと思ったら、既に散々付き合わされた後だったらしい。


「まぁ、旅行の方は、一応そんなに変な所に行くことは無いし、ゆっくりできるから。そこは安心していいわ。」

「そうなんですね。それはいい事を聞きました。」


 よくありがちな、詰め込んだ旅行というわけではなさそうだ。

......隣からは鼻歌まで聞こえてきた。


「亜子先輩、とりあえず旅行先はおいておいて、今週末の予定の話を聞きたいんですが。」

「......そうだな。じゃあその話もするか。」


 先輩はいったん検索をやめて、こちらを向いた。


「普段は、こんなギリギリになることは無いんだけどな。『憤怒の眷属』が一旦受けていた案件が、こちらにまわってきた。日曜の午後だけど予定は空いてるか?」


 僕は問題ない。最上先輩を見やると予定を確認している。


「私は問題ないです。」

「僕も大丈夫です。」

「なら『協会』にはこっちから回答入れとく。2人共、急にすまないな。」


 会長が謝ることじゃないですよ と最上先輩が答えた。


「場所は『立川』だな。普段はこっちにまわってこないエリアだから、ちょっと遠出になる。」


 場所がわからないのでスマホで地図アプリを開いた。

東京の西の方らしい。ここからだと、いくつか乗り換えが必要になりそうだ。


「ちょっと遠い所ですね。」

「こういう時は大体同じ眷属に振られるんだが、向こうも誰も都合がつかなかったらしい。まぁこういう事もある。」


 行ったことのない街というのはちょっと楽しみだ。


「情報はまたメールにでも共有入れておくから、見ておいてくれ。」

「わかりました。」

「それにしても直近、行き過ぎだな。次回はちゃんと不参加にしろよ。」


 バトルジャンキーみたいになられても困る と先輩がくぎを刺した。

話が一区切りついたところで、先輩は再度タブレットを取り出した。


「よし!それじゃあとはBBQと夏祭りと花火大会の予定をだな――」


 耳を塞いで、聞こえないふりをした。

就活とか大丈夫なんだろうか、この人。

_______________________


そのあとも、あれやこれやと先輩ははしゃいでいたが、

まだ2ヶ月も3ヵ月も先の予定まで決められないので、程々の所で僕等は逃げ出してきた。


 最上先輩が疲れたように言う。


「会長は一度始まると、しばらくああなるから。」

「......でしょうね。」

「まぁ、でも楽しみなのはわかるわ。行ったらわかるけど結構楽しめるもの。」

「去年の話ですか?」

「ええ。私は自分では、そういうのは得意じゃないと思ってたから。喰わず嫌いだったわけね。」


 僕も正直、あまり旅行はしたことがないタイプなので想像はできない。


「あと会長も行ってたけど、伊吹くん。ちょっと巡回行き過ぎだから。」

「ええ、日曜以降は休みます。これ以上、青葉先輩の胃に負担掛けたくないですから。」

「なら、よろしい。日曜は現地で待ち合せましょう。」

「了解しました。」

 

 待ち合わせの前に、少しは待ち巡りでもしてみようか なんてそんなことを思った。

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