第5話 その効果

「ドロシーってあんなにきれいだったっけ?」

周囲のスタッフからそんな声が聞こえてきた。ふふん。もっと褒め称えたまえ。


ドロシー・ミルウォッチの復帰初の仕事は舞台俳優だった。主役ではないが結構重要な役割をもらえて再出発は好調だった。そんな彼女に助演女優、というよりは実質準主役のクリスティン・ウォーヴァーホールが声をかけてきた。


「受けたわね」

クリスティンは小さな声でそう言ってにやりとした。


「はい…」

ドロシーは恥ずかしそうにそう言って頷いた。そう言ってクリスティンの姿を改めてまじまじと見てしまった。


クリスティン・ウォーヴァーホールの年齢は良く判らないが、孫娘がすでに20歳を越えているのでどう考えても60歳よりは上の筈である。しかしその姿は単に美しいなどという言葉では言い表せない。魔性そのものであった。


髪も肌もスタイルも「若い」などという言葉では表現できない。というより「若い」という言葉の意味を再考させられる存在であった。


妙齢の女性に若いという場合、暗黙的に「年齢と比較して若い」という意味になる。しかしそれは例えば40歳の女性が10代に見える訳ではない。あくまで「40歳としては若い」という意味である。


しかしクリスティンはぱっと見には本当に20代に見えるのだ。物理的に若いと言えば通じるだろうか。それ故に逆に「若い」と言い表し辛いほどに。


しかし雰囲気は大女優のそれであった。そのハッキリとした、経験と叡智を感じさせる目付きはどんな子供にだって判る。実際に彼女がスタジオに入ると姿が見えなくてもすぐに判る。オーラだか存在感だかがハッキリと判るのだ。


「可哀想に…」

クリスティンはくすくすと笑って謎の言葉を発した。


「…え?」

ドロシーは意味が判らずに訊き返すとクリスティンは近くに寄ってぼそりと言った。


「…もうオトコに満足できないよ…」

クリスティンは目を半月型にして面白そうにそう言った。


「あと、月イチくらいで行かないと発狂するよ…」

クリスティンは凄絶な笑みを浮かべて立ち去った。うへええ。


ドロシーは震えた。恐ろしさと、そうではない理由で。


---


ドロシーは普段あのサロンの事を考えないようにしていた。厳密には最後に受けたあのスペシャルサービスの事をである。考えただけで身体が震えるのだ。


これはホームヘルパーにすら内緒だが、実は彼女は夢で何度もその情景を見ていた。いや厳密には見ていたとは言えない。あのエステティシャンが語った凄まじい内容が頭の中で様々なモノと結びついて夢に出てくるのだ。


そうして目が覚めた時はご想像通りの状況になっていた。一体何のためにヘルパーに来てもらっているのか分かりゃしない。何で自分でショーツやシーツを洗わなきゃならないのよ。恥ずかしいからなんだけどさ。


そしてドロシーは無意識でその事を判っていた。は絶対に普通の存在ではない。しかし少なくとも悪意や害意を持っている訳でもない。それ以上は判らなかったが、そういう要素とは別に彼女はあのサービスを怖れ、そして望んでいた。


---


ああっ、あああ


またも別の女性の嬌声が部屋に響き渡る。勿論スペシャルサービスを受けているのはドロシーやクリスティンだけではない。むしろ彼女達は例外に近い。このサービスを受ける殆どの女性は、不特定多数からの支持など必要のない女性なのだ。


エステティシャンは慈愛に満ちたような笑顔を浮かべて施術を続ける。その頭の中で何を考えているのかは全く判らない。


その絶対秘密のサービスは今夜もまた多くの女性に施される。

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