第一章 人虎の娘と始まりの災厄

第5話 シミュラクルへようこそ

 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇



「──何だここ」


 見渡す限りの白の中に俺はいた




「⦅シミュラクル⦆の、ロビーか?いや、こんなに殺風景な場所なんかじゃなかったぞ?」



 上も下も、右も左もただ真っ白な空間に──、俺は浮かんでいる




『やあ!ようやく着いたんだね。ずいぶん待たせたかい?』



 辺りを見回していた俺が正面に視線を戻すと、すぐ目の前に光る玉のようなものがふわりと浮かんだ




「いや、ついさっき着いた?ところだが…… ──お前は、何なんだ?そして此処は?」




『私?私は、んー、何か。何と言われても説明しづらいねぇ。んー。そうだなぁ。この世界の所有者……と言うべきか、或いは管理者??まあ、そんなものだね 』


 光る玉、もとい、観測者はそう応えた


『あと、ここは⦅狭間の空間⦆──⦅シミュラクル⦆の観測点の一つさ。ここから世界を⦅観測⦆してるんだよ。

 あと、さっきはすまんねぇ、転移先を誤ってしまって。本来なら先に此方へ飛ばそうと思っていたんだ 』



 観測者は、大して悪びれた風でもない声でそう言った。




「観測者?シミュラクルの運営か?」



 俺は静かに問いかける。




『ん?うんえー?……ああ!⦅運営⦆ね!!そうかも!そのイメージに近いかもね!』



 どこか嬉しそうな声色でそいつは応えた。

 その言葉に、俺はやや食い気味に反応する



「なら、俺のアカウントを元に戻せ!」



『アカウント?ああ、⦅アバター⦆のこと?もちろん、君のアバターは562個とも全部あるよ!あ。もう既にその内の一つは壊されてしまったけれど……。その他のは全部時間凍結されているから、学園都市の転移門を潜った先に、すぐにでも転生できるよ?』



「なら……」




『ちょっと待って、まだ話は終わっていないよ』


 光る玉がふわふわと俺の周りを回る



「俺の方は聞きたい事はもうないが……?

 早く、メアリのいるアカウントに戻してもらおうか 」



『──本当に?君が何故ここに居るのかわかっているのかい?それに、君の⦅パートナー⦆があれからどうなったか、聞きたくない?』




「…………ラミーのことか?」





『そうだろうね。気になるよねぇ 』



 ハハッと彼は笑う




「──ラミーは、逃げられたろう」



怪物ディノケンタウルフのターゲットは完全にラミーから外れていたはずだ。)




は、ね 』



「あの時?」



『そう、あの時は逃げられた。けど、何から?』



「災厄とかいう怪物だ 」



『怪物…怪物ねぇ 』



「────何が言いたいんだ?」



『災厄のことさ。災厄が、何もあの怪物ディノケンタウルフばかり、いや、そもそも何か形を持つようなモノばかりとは限らないってことさ 』



「ますます言っていることがわからないが……? 」




『そうか、じゃあ、教えてあげよう。あの人虎ワータイガーの娘、確か、ラミーだったね。あの娘は、君の亡き骸を見つけた後に災厄への復讐を誓い、冒険者達の大きなクランと出会って、見事にそれを果たしたよ 』





「そうか……それはよかっ── 」





『そしてそのが来たとき、真っ先に命を落とした 』





「──そうか 」




 どんな命もいつかは終わる。それが、早いか遅いかだけでしかない。だから、ラミーが悔いなく逝けたのであれば、俺は彼女がいつどうやって死んだって構わないと思っている。




「とはいえ、これはゲームの、⦅シミュラクル⦆の世界での話だろう?」





『──このシミュラクルがと思っているのかい?』


 彼は問う。




「シミュラクルはゲームだろう 」


 当然そうに決まっている。




『ああ、そうか、そうだよね。君にとってみれば、⦅ゲーム⦆という⦅現実⦆とは切り離された世界での出来事は全てであって、現実ではないわけだ。その世界で何を得ようが、はたまた、何を失おうが、現実の君自身は何も変わらない。

 それって、どちらかと言えば私達の側…観測者の視点に近いものがあるね。実に興味深い…… 』



 観測者は続けて言う


『だけど、シミュラクルは現実だよ──⦅パラレルワールド⦆って表現が分かりやすいかな?』




「────?、俺の理解とは異なるが……」




『んー、これ、言っていいのか迷うけど。観測者って、楽じゃないんだよ。僕が管理・運営してるのは、何もこの世界⦅シミュラクル⦆だけってわけじゃない。それに、何もないところから世界を生み出すのってかなり骨が折れるのさ。

 だから──、悪いけど、コピーしたのさ。あなたのよく知る⦅シミュラクル⦆の世界を、ね』




 ──ドクンッ……


 心臓の音が、一際高く聞こえた気がした




「それは……いつだ?」





『んーと、確か大型アップデートとやらで君以外の全てのユーザーがログアウトしたタイミングだね』




(なんか、すごいマズイ流れな気がする……)





「俺は何故にいる?」




 バクバクと、心臓の音がうるさい


(違う、そうじゃない。そんな質問じゃない。)





「──俺は、か?」




『おお、核心に辿り着いたか。君は勘が鋭いねぇ』





「まさか、俺は──」





『そう、そのまさかのだよ。私も向こうの世界で魂をそのままコピーする気は無かったんだけどねー』





 ◇◇◇◇◇◇




「そ、そうか。俺は、コピーなのか」



 俺は、何とか自分のいまの状況を飲み込もうとする。


 コピーであるということは、オリジナルはあの世界で、これからも普通の日常を送り続けていくのだろう。


 なんだか自分の事なのに、他人事のようで、実感がない。

 それと同時に、自分がもうあまり元の世界に未練がないのだと言うことを悟る。


 俺は、でいつしか自分の居場所を失い、部屋に籠るように、⦅シミュラクル⦆の世界に没頭するようになった。


 だが、そんな俺にも、俺のことを心配してくれる両親がいた────いや、かれは、もう俺ではないのだ。


 願わくば、彼が本来のを、再び見つけてくれる日が来ることを願う。



 俺は、これから新しい生を得て、生きていくのだ。

 そうだと思えば、一気に心臓の音は静まっていく。


 

 それから観測者は静かに、俺の鼓動が落ち着くまで待ってから言う。

 


『ごめん。はっきり言えば、そうなんだ。の君は、まだあのアパートの中で眠っていて、目を覚ましたら昨日の続き普通の生活をこのまま送ることになるだろうね。だから、あっちには君の魂の受け入れ先となるアバターはもうないんだ』


彼はすまんすまんというような軽い口調で、更に続ける


『ただし、の世界には──地球には戻してあげられないけれど、望むように転生させてあげることはできるよ。あくまでこの⦅ならね』




「──死んだらどうなる?」



 つい先程経験した⦅死⦆を、そしてあの瞬間の腹の熱さを思い出しながら、俺は尋ねる



『ん?ついさっき死んだのでは?』



「あれは、ゲームの中の話ではないんだったな。ということは、俺は── 」



『そう。死んだらに戻って来ることになるよ』



「その後は?」



『さあ、君がどうしたいか次第さ』



「生き返らせることができるのか?」



『できるとも言えるし、できないとも言える』



「──補足してくれ」



『そうだねぇ。元いた世界には戻れない。時間を進めてしまうからね。観測は最後まで続けなければならないし、例外はないんだ。のために、⦅シミュラクル⦆を止めることはできない』



「──では、転生はあと何回できる?」



『んー、あと561回かなぁ』



「そうか、俺の持っているアカウントの全ての時間は、学園都市のダンジョンにある転移門を潜った時点で止めてある。そういうことで良かったか?」



『うんうん。そうだよ。君がそのタイミングで全部止めていたからね。……あ、そういえば、1つだけ結構なレベルに育成されたアバターがあったよね。アレだけは違うよ、確か……』



(ああ…あれも、も転生先として選択できるのか)



「待て。……ああ、まあそいつはちょっと、しばらくそのままにしておいてくれ」




『ふふっ、面白そうだけど深くは聞かないよ。とにかく、パイロット不在のアバター乗り物があと561個あって、君は死ぬ度にその一つを選び直して乗り換えることができる。そんな感じかな』



「ほう……」



『なんでまた、そんなに沢山のアバターを作ったのさ』


 興味深げに観測者は問うた。



「メアリの⦅パートナー⦆になりたかったからだ」


 俺は即答する。



『ああ、メアリちゃんね。あの娘かー。たしかに、彼女に⦅パートナー⦆として選ばれるのはかなりハードル高めだろうね』



「だろう?その分燃えたんだ。2年間だ。ゲーム内での時間にすれば1000年以上も学園で過ごしたからな」



『まあ、君のアバターを除いても、他にも数え切れないくらいに観測したい世界はあるからさ──ゆっくり進めてもらっていいからね』



「わかった。ありがとう」



『なーに、君を作ったのは私みたいなものだからねぇ。そりゃあサービスくらいするさ。さて、早速メアリのもとへ転生するのかい?』



「いや、待ってくれ。確かにメアリには会いたいが……は困る」



『まあ、そうだよね』



「本命のアカウントは、転生直後にいきなり前回のような災厄と出会ったとしても、確実に対処できるような経験と自信を身につけてからでないとダメだ」



『うーん。そうだねぇ。転生する度に君の能力もスキルもリセットされてしまうとなれば、ちょっとあんなやつ等ディノケンタウルフ相手では荷が重いかもしれないね』




「そうだ。その災厄ってのは、そっちで何とか出来ないのか?」




『無理だね。イベントも含めてそのままコピーしちゃったからね。今更取り消すことはできないよ。それに、アップデートで導入されたシステムは、災厄を含めて世界にとって有害だと言い切れるものばかりじゃなかったし、それをなかったことにはできないかな』



「そっか……あれは、あくまで⦅シミュラクル⦆の世界のイベントの一つであって、あの世界にとっての異物イレギュラーってわけじゃないんだな」



『その通り。外からの干渉じゃないから、私も外から干渉することはできない。手強いとは思うけど、頑張ってね』




「わかった。何とか頑張る」


 俺の目標はこれまでも、これからだって変わらない。

 俺は諦めが悪いのだ。



『ふふ。いい顔になったね。』


『そうだ、私も全く君を手助けできないわけじゃないんだ。いくつかギフトを君にあげるよ』



「いいのか?観測者が世界に手を加えても」




『いや、世界への干渉は莫大なエネルギーがかかるから、しない。君のことは気に入ったけど、それじゃあ少々コスパが悪いんだ。私が変えるのはだよ。君の──魂と言うべきかな。パイロットとしての君の性質を少しいじる。もともと私が作ったようなものだし、人間一人をどうこうするのは大したエネルギーがかかるもんじゃないんだ。それに、世界を変える分には私に何の損もないからね』



「そうか、恩に着る」



『いいんだ。私の子よ』



「急になんか神っぽいな!」



『ふふ、まあ雰囲気だけでも』



『そうだねぇ。それじゃ、君が⦅シミュラクル⦆で得た力は全て、アバターではなくて君の⦅魂⦆が獲得できるようにしておくよ。これで、君の魂は研鑽を積むことができる。つまり、君は転生する度に強くなる』



「…いいのか?そんな事をしても」



『もちろん、ローカルに保存するようにしていたデータを共有サーバに保存するようにするようなものだからね。大した事じゃあないよ』




「なんか急に俗っぽい表現になったなぁ……」




『わかりやすく伝えたつもりなんだけどな』




「わかってるよ。ありがとう」



『ああ、それと。ステータス画面と、ワールドクロック、世界座標なんかは君には見えるようにしておくね。あの世界の人達には見えるようにしてないんだ。不要……っていうか、変でしょう?』



「あー、うん。なんか、言わんとしていることはわかる。時間と自己位置がいつどこに居ても絶対的に正確な数値として把握できるって、とんでもなく便利だけど、かなりチートだよ。それに、自分の能力が数値化されてるってのも、普通なら知覚できない状態異常が分かるなんてのも、よく考えたらすごいチートだよなあ」



『まあ、君はそういう特異体質だっていうことで』



「わかった。あと、もう一つ聞いていいか?」



『何だい?』



「ここへの戻り方は、やっぱり死ぬしかないのか?」




『んー。そうだねぇ。それだと困るのかい?』


観測者は少し考えた後、問い返す。



「困る。それだとここでどれだけの研鑽を積んだとしても、メアリの世界に旅立った後、死の未来が訪れた時に回避する術が無くなる」



『そっかー。そうだねぇ。けどなー、一度観測を始めた世界を凍結させるのは、中々に手間がかかるんだよねぇ』



「そうか……なら、やっぱかなり強くなってからでないと、メアリには会えないな」



『ごめんねぇ』



「いや、いいんだ。じゃあ、俺の転生先から持ってるスキルだけを吸い出して、継承するってのは可能か?」



『それは……実質その世界から君の存在を抹消することになる。つまり、君の転生の回数を減らすことになってはしまうけど、それでも良いなら可能だよ?』



「そうか、じゃあ、後でそれをいくつかお願いしてもいいか?流石に、まともに500回以上も転生しつづけたら、数十年か、もしかしたら数百年もメアリに会えないってことになる。それはちょっと辛すぎるし、転生してその場で自殺するのも気が乗らなかったから、助かるよ」



『まあ転生先で君の⦅パートナー⦆が必死で止めようとするだろうから、すぐに自殺するのは結構難しいんじゃないかな。あと、メンタル的にそう何回も立て続けにできるようなことじゃないと思うよ……』



(確かに、想像するまでもなく地獄だ。……やらなくてよかった。)



「色々とありがとう。言ってみてよかった」




『うんうん。なんだかんだで君の目的はメアリって娘に会うことだもんね。けど、そうだねぇ。そうやって無茶なことを君が思いついた時、私にすぐに連絡を取れないのはなんだか危なっかしいね。それじゃ、ホットラインもつけとくよ』



「なんだそりゃ?」



『ステータスを開いて、サポートってとこに目を向ければいい。私は直接手を出すことはできないし、君の知りたいことに何でも応えられるわけではないのだけれど、観測者から見た予想を踏まえた範囲でなら、出来る限り助言をしてあげよう』



「うお、マジでか!?そいつはちょっとばかしサービスが過ぎるんじゃないのか?」



『まぁねー。けど、こっちだって色々と試したいことがあるのさ。完全にでやっている訳じゃないから安心して』



「安心していいのやら悪いのやら」



『さあ?どうしようもないことは気にしないことも大事だと思うよ』



「ううーん。まあそういうものか……」 




 ◇◇◇◇◇




『じゃあ、そろそろ転生先を選んでくれる?』



「あ、ちょっと待て──」



『ん?』



「名前、聞いてもいいか?」



『あ、私の?』



「そうだ。」



『私はルシフェルだ』



「……それ、うちの世界だと堕天使だったり悪魔王だったりの名前なんだが……やっぱり神的な何かなのか?」



『ふふ、私にとってはただの名だよ?』



「うう〜ん。まあ、そうだよなあ」



『君の名は?オリジナルの名前を引き継ぐかい?それとも、アバターを変える度に名前も変えてゆくのかい、ファースト君?』



「いや、もし、そいつを統一できるんなら、一つの名前にしてほしいと思ってたんだ」



『だよねぇ。貴方の名付けのセンスだと、⦅562⦆なんか物凄く感情移入しづらいし…』



「言うな……」



『で、何て呼ぼうか?』



「俺の名前は、そだな、リセマラ終わったらフィンって名前に変えようと思ってた」



『⦅fin⦆ね。そういう一貫してるところはわかりやすくて好感度高いよ』



「そう?」



『うん。響きも悪くないし、君の魂に名前を刻んでおくね。これで、どの世界においても君の名はフィンってことになるよ』



「ありがとう、ルシフェルって名前も俺かっこよくて好きだよ」



『ふふ、よく言われる』



「ですよねー(棒読み)」



『じゃ、今度こそ、継承元と、転生先を選んで』



 目の前に。いくつもの転生先が浮かび上がる。



「そうだなぁ。これとこれと……これは継承元にして……──」



 俺は、その中から一つを選び、指さした




「転生先は……かな」




『ほう』




「意外だったか?」



『んー、いや。まあ、なんというか……割とすぐにまた会えるのかなーって思っただけ』




「なんだそりゃ。けど、わかんねぇぞ?強くならないといつまでたってもメアリに会えないんだからな。できるだけ足掻くさ」



『そうかい。それならもっと安全牌を選び直した方がいいと思うんだけど……君は負けず嫌いだねぇ。まあ、頑張りなよ』




「おう、ありがとう!じゃあまたな、ルシフェル!」



『ああ、またねフィン』




 その言葉を聞いた後、俺の意識は少しづつ遠のいていく……



 ──────




 --------




 ---




 ◇◇◇◇◇◇




「おお〜い」




「お〜い、フィーンー?お〜いってばー!」




 何処からか、の間延びした声が聞こえる……



 さあ、新しい冒険の始まりだ。



 ◇◇◇

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