第四話 大好きな人が大好きになった人が大好きな人に気に入られた

 霜月はどうして、俺にだけ饒舌になるのか。

 その理由を彼女は教えてくれた。


「私ね、とても耳がいいの」


 珍しくマシンガントークではない、含みを持たせるような物言いに、思わず身を乗り出してしまう。


「ど、どういう意味だ?」


「文字通りの意味よ。私は生まれつき、耳がいいから……人の声や心臓の音で、その人がどんな感情を抱いているか、だいたい分かるわ。だから竜崎君は苦手。彼が発する音は鈍くて、調和のないただの雑音だから」


 神経でも通っているのか、霜月は耳をピクピクと動かしている。地味にすごい技を見せつけながら、彼女はなおも語った。


「その点、中山君はとても繊細な音を発しているわ。悲しくて、辛くて、苦しいっていう悲哀の音も聞こえる。同時に、強い恨み?みたいな異音も聞こえるわ……うふふ、不思議な音ね。ぞくぞくするわ。それらが調和を伴って音を生み出しているのも興味深いもの」


 足をプラプラと揺らしながら、彼女は目を閉じて耳を傾けている。

 まるで、俺の音を確認するみたいに。


「私には理解できない音を発している人間だから、興味があったの。ずっと、こうやってお話する機会を探していたわ……うふふ、やっぱり中山君は期待通りだわ。私のおしゃべりにもたくさん付き合ってくれるし、相性も悪くないと思うの」


 ……色々と、難しいことを言っているが。

 要するに、この子は――


「俺のことを、気に入ったってことか?」


「一言でまとめるとそうかしら? でも、それって味気ないし、フィーリングが良さそうだった、って言ってくれた方が楽しいのだけれど」


 どうやら、そういうことみたいだった。

 その言葉を聞いて……胸の内に、黒い感情が渦巻くのを自覚する。


(竜崎が好きな幼馴染は、俺のことを気に入っている……!)


 まるで、仕返しに成功した、みたいな。

 ざまぁ見ろ、という悪い感情が胸の内で沸々と煮え立つ。そんなことを考えてはいけないと分かっているけど、我慢できなかった。


 俺の大好きだった人たちを奪った奴の、大好きな人を奪ってやったような。

 そんな感覚を覚えると同時に、そんなことを考えてしまう自分を哀れにも感じてしまう。


 こんな性格だから、あの子たちにも嫌われたのだろう……と、変なことを考えていると、不意に霜月が俺の胸に手を当てた。


「うん、それから……中山君って、たまに変な音がするわ。自己嫌悪にまみれている、というか……聞いていて泣きそうになる音が聞こえるの。まるで雨の日に段ボール箱の中で必死に鳴き声をあげている子猫みたいだわ」


 心臓の音でも確認しているのだろうか。

 細くて小さい指に触れられて、少しだけドキドキしてしまう。


 そんな俺を見て、彼女は再び笑った。


「私ね、悲しんでいる人を元気にしてあげたいっていう性癖があるの。中山君って、とても辛そうだし……少しでも、元気にしてあげられたら嬉しいわ。大丈夫よ、私って素敵なパパとママにたくさん愛されて育ったから、愛情だけは詰まっているの。こんなにもらってばかりだと神様が怒っちゃうから、少しだけ分けてあげるわ」


 ニコニコしながらそんなことを語る霜月に、思わず呆気にとられた。

 なんというか、独特な世界観を持つ女の子だと思ったのだ。


 でも、そんな子に気に入られるのは……やっぱり、嬉しいという気持ちもあった。

 竜崎への意趣返し的な気持ちではなく、純粋な喜びである。


「あとついでに友達になってほしいし、お話相手にもなってほしいし、なんなら一緒にゲームとかしたいわ。今まで独りぼっちだったし、友人に飢えているの。それからね、たまに授業とかでパートナーを作らされるじゃない? あれも苦手だし、そういう時に助けてほしいわ」


「……ついでが多い気がするんだけど」


 むしろこっちが本音な気がする。

 でも、こんなに素敵な子が仲良くしてくれるなら、それ以上に嬉しいことはなかった。


「これからよろしくね、中山君っ」


 無邪気に手を差し伸べてくる霜月。

 そんな彼女の手を俺が掴んでいいのか……一瞬迷ったけど、その時にはもう強引に霜月が俺の手を握っていた。


「ためらうなんて、失礼だわっ」


 頬を膨らませる彼女を見ていると、思わずこっちまで頬が緩んでしまう。


「ごめん。よろしく、な」


 そう言って、俺も彼女の手をしっかりと握るのだった。

 こうして、俺に友人ができた。


 その相手は、俺の大好きな人が大好きになった人の、大好きな人だった――

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