第三話 幼馴染が必ずしもヒロインになるとは限らない


 放課後の教室で、白髪の少女が言葉を紡ぐ。

 窓から差し込む夕焼けを反射して輝く彼女は、どこか神々しく見えた。


 肌も、髪の毛も、存在も、透明感のある彼女を見ていると、なんとなく落ちつかない気分になってくる。


 こんなにも浮世離れした少女は、なかなかいない。

 無口で、クールで、まるで氷のように冷たい少女だとばかり思っていた。


 でも実際は、まったく違った。


「確かに私と竜崎君は幼馴染よ? でも、だからって仲が良かったわけじゃないわ……家がご近所なだけだし、あまり一緒に遊んだ記憶もないし、親同士の仲が良かったわけでもないのよ? これって幼馴染って言えるかしら?」


 霜月しほは、結構しゃべる。

 いや、結構どころじゃない。ものすごく饒舌な女の子である。


「まぁ、保育園も小学校も中学校も高校も一緒なのは、あの人くらいだけれど……それも偶然だわ。私は別に意識して同じ学校に行ってるわけじゃないもの。というか、あの人はもっと他に選択肢がなかったのかしら? いつもそれとなく進路先とか聞いてきたし、ストーカーみたいで不気味だわ」


 いや、ストーカーじゃなくて……竜崎は霜月のことが好きなんだと思うよ。

 そう伝えたらどんな反応をするのか気になったのだが、さすがにそれは可哀想だと思った。


 ちなみに、竜崎がではない。

 霜月が、可哀想なのである。


「運命って酷いわ。私にだって選ぶ権利があるのに、どうしてあんなに竜崎君とくっつけようとしてくるのかしら……うぅ、身震いがするわ。あの人の声が苦手なの……他人の気持ちを感じ取れないような、鈍感で独りよがりな人の音がするわ」


 散々な言いようだけど、文字通りの腐れ縁で繋がっている幼馴染だからこそ、竜崎という人間の本性が分かっているらしい。


 確かにあいつは鈍感だ。特に恋心に関してはものすごく疎い。俺の義妹や幼馴染、元大親友の女の子から好かれていても、その感情を読み取ることができない。鈍いというか、ほとんど感覚がないのだと思う。


 そういうところが、霜月は苦手みたいだ。


「ああいう音を発する人は、たくさんの人を傷つけるわ。でも、それって『鈍いから』ですまされる問題ではないし、もっと他人の気持ちを理解する努力だって必要だと思うの……うぅ、寒気がするわ。もし彼に好かれていたとしたら、他の女の子たちの悲しみを一気に背負うことになりそうだもの。そんなの辛いし、報われないあの子たちを思うと泣きそうになるわ」


 本当に寒そうに両腕を抱いてさする霜月。

 うん……やっぱり、竜崎に好かれているかもしれないぞ?とは言えないな。言ったらたぶん、霜月は卒倒するような気がした。


 それくらい彼女は、竜崎を嫌悪しているような気がする。


「だから、幼馴染ではあるけれど、ただの顔見知りってだけだからね? ぷんぷんっ。あ、今のは怒りの擬音よ? こうやったら『かわいい』ってママが言ってたのだけれど、本当かしら? あざといしぶりっこみたいであまり効果はないと思うわ」


 ……それにしてもおしゃべりだ。

 竜崎の前ではあんなに無口だったのに、やっぱりそれは意外だ。


「竜崎が苦手だから不愛想にしてただけで、本当の霜月はこんな感じなんだな」


 驚いたけど、理解できなくはない。

 俺も竜崎は苦手だ。まぁ、大好きだった人たちを奪われたから、という私怨なので厳密には霜月と同じ気持ちというわけではないとも思うけど。


 しかし、だとしたら……それはそれで、疑問がまだ残っていた。


「じゃあ、どうして俺みたいな人間に本性を見せたんだ? 別に俺は、霜月に好かれるような魅力のある人間じゃないと思うんだが」


 なぜ、俺だったんだろうか。

 たまたま、放課後の教室に居合わせただけである。そんな俺に本当の霜月を見せるのは、もったいない気がした。


 こんなモブキャラなのに……大好きな人たちの心をつなぎとめることもできなかった負け犬を、どうして特別に見てくれたのだろう?


 そんなネガティブな俺を見て、霜月は楽しそうに笑っていた。

 どうやら、きちんとした理由があるようである――


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