1分で読める短編集

鷹山

エレベーター

 ボタンを押すとどこまでも行けるのではないかと思わせるそれは私を震わせる。

なぜだろうか、と考えることはあるけれど結局それはわからない。

ある者は言う。気まずい空間だと。

 私はそうは思わない。だって狭くて心地よいから。

ある者は言う。他の階にとまらないでほしいと。

 私はそうは思わない。だってそれが私をワクワクさせる。

 頭の先から足の先までを覆う圧力。それは私の耳を覆い、周りの世界を消し去ってしまう。

 いやな上司も新しい仕事もどれもこれも。

 目を閉じるだけでついてしまう。それがとても心地いい。

だけど……。なんで白い布を覆わねばならぬのだろうか。

 こんなに星も見えるのになぜ泣くのだろうか。

 どうしてそれを嫌がるのか。私にはわからない。

あんな地上から解き放ってくれるというのに。どうしてだろうか。

 そうか、皆には送る人がいるからか。私にはいない。

 そうか、皆にはやることがあるからか。私はない。

でもなぜだろう。母の涙が浮かぶのは。

 

 そうか。私は母が好きだったからだ。

私は急にボタンを押したくなくなった。しかし横の者が口からよだれをたらしながらそのボタンを押す。

 そうしてその者はこういった。

         なぜ、誰も押さぬのだ。

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